日本の「宅急便」をアジアの物流のスタンダードに ヤマト運輸株式会社

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この記事は2013年6月3日に掲載されたものです。

アジアの物流界では、 欧米の後発に甘んじていたヤマト運輸

ヤマト運輸は2010年のシンガポール、上海進出を皮切りに、現在では、香港やマレーシアに拠点をかまえ、アジアへの本格進出を果たしました。そして現在、さらなる拡大をもくろんでいます。

そのターニングポイントになったのが、2011年に発表した「DAN-TOTSU経営計画2019」でした。2019年には、国内宅配便シェアを現 在の約42%から50%超に伸ばし、「アジアNO.1の流通・生活支援ソリューションプロバイダー」になるというビジョンです。2010年からのアジアへ の本格進出への着手を決定、実行したのは、まさにこの「DAN-TOTSU経営計画2019」策定の真っ最中でした。ただ、これは欧米の運輸インテグレーターの多くがすでにアジア進出に成功し、確固たる地位を築いているのと比較すると、かなり後発での進出でした。

これまで私たちがアジアへ積極展開していかなかったのは、主力事業である「宅急便」が、これまでの運送、配送サービスとは一線を画すまったくの新し い概念でのサービスであったことに起因しています。宅急便は1976年、当時のヤマト運輸の社長、小倉昌男の発案により誕生したサービスです。「電話1本で集荷、1個でも集荷、翌日配達、運賃は安くて明瞭、荷造りが簡単」という、個人向けの荷物集荷サービスが存在しなかった当時としては画期的なサービスでした。

当時、大きな荷物を発送することになると、郵便局や駅にわざわざ持ち込まなければならなかったわけですから、送り主から届け先へDoor to Doorで配達するというサービスは、まさに前代未聞でした。そして、現在に至るまで宅急便は、クール宅急便やゴルフ宅急便、スキー宅急便など多種多様なサービスを展開していますが、その基盤にあるのが、情報システム(Information Technology)、荷物管理のロジスティクスのテクノロジー(Logistic Technology)、決裁のファイナンス(Financial Technology)からなる「IT、LT、FT」です。

莫大な投資リスクを乗り越えた 「アジアの物流を変える」という使命感

宅急便は一見、セールスドライバーがひとつひとつの荷物を一軒ずつトラックで手渡し配送するアナログなサービスに見えるかもしれませんが、「IT、 LT、FT」という当社の歴史が育んだ独自かつ高度なテクノロジーに支えられたインフラサービスです。こんなサービスは世界のどこを見渡しても存在しません。しかし、これまでアジア進出に二の足を踏んでいたのは、まさにそのオンリーワン性が原因でした。

というのも、日本国内で数十年にわたって築き上げた高度なインフラゆえに、アジア各国で一から構築していくのは非常に難度が高い。また、ある種、社会的なインフラの整備事業になるため、中途半端に進出して失敗したから撤退、ということは決して許されません。そんなことをしてしまったら、その国の方々に甚大なる迷惑をかけてしまいます。

それに、宅急便をサービスとして成立させるためには、営業・集荷拠点を数多く立ち上げ、広域かつ膨大なネットワークを構築する必要があり、莫大な先行投資が必要になるのです。だからこそ、アジア進出は、大きなリスクを乗り越える確固たる覚悟がなければ、着手してはいけない事業展開の選択肢だったので す。

そのため、アジア進出を検討し始めた当初は、社内では「時期尚早だ」という反対意見もありました。それもそのはず、ヤマト運輸はもともと、日本国内で発展してきた企業です。「海外出張を指示された社員が、パスポートすら持っていなかった」という冗談のような実話があるほどです。

それでも私たちがアジア本格進出に踏み切ったのは、「グローバル化時代において、日本でしか展開しない物流サービスでは、世の中のニーズを汲み取れ ない。宅配便というサービスネットワークをアジア全域に広げ、グローバル化時代に企業や人々が抱える多様な物流ニーズに応えていこう」という使命にも近い思いがあったからです。それが、「DAN-TOTSU経営計画2019」において掲げた「アジアNO.1の流通・生活支援ソリューションプロバイダー」というビジョンです。

アジアの物流を海と国境を越えて、ボーダレスにつなぐ役割が私たちにはある。しかも、これまでアジアに広がっていた欧米型の物流モデルではなく、日本発のアジアならではの物流モデルで。宅急便を通して、アジアの物流のスタンダードを変えていこうという揺るぎない決心が、私たちを世界へと駆り立てたのです。

社内反対を押し切ったアジア進出。しかし、寿司職人が集まらない!

最大の難題は、 「セールスドライバー」の採用と育成

アジア進出に踏み切ったものの、当初はやはり困難の連続でした。法規の問題や環境の違いもありましたが、中でも最も苦労したのは、現地でのセールスドライバーの採用、育成でした。なぜ、この点が最大の難関だったのか。その理由は、ヤマト運輸ならではのセールスドライバーのあり方にあります。

宅急便のサービス品質を維持しているのは、全国約6万人いるセールスドライバーたちの意識と行動であると言っても過言ではありません。宅急便におけ るセールスドライバーたちは、ただ単に荷物を運ぶだけではありません。お客さまと直接コミュニケーションを取り、ご注文をいただき、荷物をお届けする。営業、接客、運送をすべて行う宅急便事業を一人で体現するサービスパーソンかつ輸送の担い手なのです。

そんなセールスドライバーのあり方を、当社では寿司職人に例えています。お寿司屋さんでは、寿司職人の仕事は寿司を握ることだけではありません。カウンター越しにお客さまと会話し、注文を取り、お寿司について丁寧に説明し、美味しいお寿司とお客さまの満足を作る。そして、会計までやる。セールスドライバーの役割は、まさにそれと一緒なのです。

加えて、ヤマト運輸には商品サービス企画を専門とした部門はありません。現場を知り、お客さまを知る一人ひとりのセールスドライバーがサービスアイデアを発案しているのです。直接お客さまの声を聞き、そこから新しいニーズを発掘し、新事業、新サービスの提案へと昇華させる。コールセンター経由だけで お客さまの声を拾う仕組みでは、決して実現できない。お客さまにサービスを提供し、生の声を聞いているセールスドライバーだからこそできる。そんなボトム アップ型のサービス開発姿勢が、宅急便事業を支えています。

セールスドライバーがそんな重要な役割を担い、見事なまでに体現できているのは、社訓である「ヤマトは我なり」が伝統として組織に深く根づき、一人ひとりの経営意識を育んでいるからです。このヤマトのDNAとも呼べる精神こそが、一から十までのすべてをマニュアル化できないセールスドライバーの役割 を実現可能にしています。前述のIT、LT、FTに代表されるインフラ基盤と、セールスドライバーたちの現場でのサービス力。この二つがハーモナイズされることで、初めて宅急便は完成するのです。

運送業経験者は採用しない、日本流の育成スタイルを現地でも貫く

このような「ヤマトは我なり」のDNAを、アジア現地のセールスドライバーに果たして受け継いでいけるのか。それが、最も重要な課題でした。そもそも中国をはじめとしたアジア諸国の宅配事情は、日本とは大きく異なっています。ある国では個人の事業主が宅配を請け負うことが多く、荷物を手渡しするどころか乱暴に玄関先に投げ置き、お届けものを傷つけてしまったり、汚してしまうことも少なくない、という現状がありました。

そんな環境下でも良質なセールスドライバーを育成するために、採用の段階から独自の方針を取りました。これは日本国内も同様ですが、運送業の経験者だけではなく、元ホテルマンのようなサービス業経験者やセールスマンを採用しています。ここではっきり、宅急便≠運送業、宅急便=サービス業であることを、採用姿勢を通じたメッセージとして発信したのです。

シンガポールの就労文化まで変えた!? ヤマトのDNA

入社後の教育研修も、徹底して取り組みました。日本国内のサービスマニュアルを導入し、加えて、現役のセールスドライバーをセールスドライバーインストラクターとして派遣しました。研修では、ドアのノックの仕方、帽子を取ってお辞儀をすることなど、日本国内におけるセールスドライバーのサービスの基本からしっかりと指導し、始業前は皆で体操もしています。その光景は、まさに日本国内のヤマト運輸そのものです。

また実際の仕事においても、最初のうちは、日本人のインストラクターが配達に同行し、サービスと安全運転を指導しています。ここまでマンツーマンで徹底して指導することで、ヤマト運輸のDNAを注入していきました。

指導で苦労した点は、やはり言葉でした。単純な言語の壁があることに加え、宅急便というサービスは、ヤマト運輸のほかにどこにもないサービス。そのため、サービスの概念一つ一つを一から説明し、理解してもらう必要がありました。ただ、そこにも創意工夫を凝らしました。業務内容をいくつかに分類化、パターン化して、そこに合わせた用語、単語を用意したのです。そうすることで、難しい文章を使わずに単語とボディランゲージなどだけで簡単に分かりやすく指導できるようになりました。今後は優良なセールスドライバーであれば、日本国内に派遣して本場の宅急便を学んでもらう出張研修も考えています。

アジアに根づきつつあるヤマトのDNA

指導の成果があってか、少しずつではありますが、着実にセールスドライバーの精神が、アジア各国の拠点でも浸透しつつあります。荷物を受け取るお客 さまはもちろん、宅急便を発送してくださった法人さまにもお褒めの言葉をいただけるようになりました。また、お客さまが妊婦の方だった際、自主的に「お部屋までお運びいたします」と言って、重い荷物がお客さまの負担にならないように気遣いをするような現地社員も出てきています。これまでその地域の運送業者では考えられなかったサービスマインドが根づきつつあるのです。

その影響は、社員の定着率にも表れています。例えばシンガポールでは、転職を繰り返す「ジョブホッピング」の風習があり、「たくさん転職してきた人ほど、多くの企業に評価されている」として仕事を転々とするのですが、現地でも異例なほどセールスドライバーの定着率は高いのです。その理由は、もちろんある程度給与の水準も高く保っているのですが、それ以上に「お客さまに喜ばれる仕事」という誇りが大きいのではないでしょうか。

それまでの運送業者とはまったく異なるサービス品質ですから、お客さまも感動してくれます。「ヤマト運輸のロゴマーク知っているよ。日本でもここでもナンバーワンだよね」と言ってくださる方々も増えているそうです。それを目の当たりにしたセールスドライバーは、自らのサービスに自信とロイヤリティを 持ち、さらなるサービスレベルの向上に努めるようになっているようです。

アジア制覇に向け沖縄・那覇空港が鍵を握る理由とは?

評価の場は、社内にもあります。ドライバーコンテスト等の表彰があり、グローバル会議ではTV会議システムで世界中の拠点をつなぎ、例えば上海でナンバーワンに輝いたセールスドライバーが、マレーシアや香港の拠点メンバーたちから拍手の祝福を受ける、ということもあります。良い接客、良いサービスと 認められた場合、ほかの地域のセールスドライバーたちも「よし、じゃあ自分たちの拠点でも実践してみよう」とお互いに刺激を与え合っています。

また、東日本大震災時、セールスドライバーたちが自発的に自治体に協力を申し出て、物資の行き届かない被災地の避難所への配送を請け負ったことがありました。そんな日本国内のセールスドライバー同様の姿勢が、アジアでも再現されつつあるのです。マレーシアの高速道路で交通事故が起こったとき、セールスドライバーが率先して交通整理を行い事故のケアに当たったという出来事が、まさにそれに当たります。その報告を聞いたとき、ヤマト運輸のDNAが現地の社員たちにもしっかりと受け継がれているのだな、と感慨深い気持ちになりました。

ヤマト運輸のこれからと、若者のキャリアのこれから

現在、アジア進出は非常に順調に進んでいますが、2019年に向けて、アジアの国々にさらに深く入り込んでいきたいと目論んでいます。そのために中心となるのが、実は沖縄です。

アジア全体から見ると、沖縄は中心地に当たります。現在、ヤマト運輸では、上海、香港、台湾などへの深夜航空貨物便網が整備された沖縄・那覇空港を拠点とし、通関業務を行うことで、国内での集荷・配達と変わらないスピードで、アジア地域への配達を可能にしようとしています。また、コストについても、 現状の国際宅配便並みに抑えられるようになるのです。このサービスを利用すれば、通販事業者はアジア各国に物流拠点を保有せずとも、商圏を拡大することが可能になります。沖縄を中心としたアジアという商圏全体のボーダレス化が実現する日は、きっとそう遠くはないはずです。

宅急便は、単なる運輸手段ではありません。セールスドライバーを通じて人から人へと荷物を届け、思いを届ける無形のサービスです。だから、宅急便という事業の進化には終着点はありません。日本で、アジアで、今日も宅急便の新しいサービスの形は生まれ続けています。

その原動力になっているものは、やはり「ヤマトの背骨」とも言える社訓や経営理念ではないでしょうか。この会社としての思いをアジア各国に広がる一人ひとりのセールスドライバーにも共有・浸透できるように、かけがえのないナレッジとしてマネジメントできるかどうかが、これからのヤマト運輸の成長の鍵を握るのだと思います。

今の若い人たちも、自分自身の「背骨」と言えるような確固たる信念を持って、チャレンジしていってほしいと思います。ほかのアジア各国の若者と比べて、日本の人たちは経済的にも、チャレンジの機会にも、はるかに恵まれた環境にいるわけですから。グローバルに羽ばたいていくことに、語学の壁は大した障壁ではありません。日本国内で発展したヤマト運輸を見れば、それは明らかでしょう。語学以上に大切なのは、ブレない信念を持つこと。意志があるところに、 道は拓かれます。

その一方で「聞き上手」になることも大事だと思います。自分の信念を持つだけでなく、他者や異文化に対して柔軟性を持ち、良い考え方をどんどん取り入れて自分のものにしていってほしい。ヤマト運輸のセールスドライバーたちが支持されているのも、お客さまの声をサービスに変えていく「聞き上手」の精神 があるからこそ、と考えています。このようにヤマト運輸が体現してきたことは、これからの時代、これからのキャリアにとって非常に有用な考え方の一つなのではないでしょうか。

PROFILE

梅津 克彦(うめつ かつひこ)
ヤマト運輸株式会社 グローバル事業推進部長
1957年生まれ。東京都出身。大手百貨店の営業企画・国際業務担当の職を経て、2007年5月、ヤマト運輸に入社。2011年4月にグローバル営業部課長、2012年4月にグローバル事業推進部課長を歴任し、2013年4月から現職。

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