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MIRAI COMPANY
日本の警備会社「セコム」が、世界の安全・安心を守るインフラ会社へと飛躍! セコム株式会社
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この記事は2013年8月26日に掲載されたものです。

創業10年を過ぎたころ、 セコムは警備産業の枠を超える決断をした

セコムは1962年、日本初の警備会社「日本警備保障」として創業しました。創業当時の主力事業は法人向けの警備サービスです。しかし今では、「警備産業」の枠を超え社会の「安全・安心」をトータルに提供する「社会システム産業」へと大きく変革を遂げました。その背景にはどんな理由や経緯があり、そして、それを実現させた原動力はなんだったのかを振り返ります。

日本警備保障が「社会システム産業」に向けて本格的に舵を切り始めたのは、創業から10年を越えた1970年代のことでした。これから来るであろう情報社会を見据え、セキュリティ事業で構築した情報通信ネットワークを活用し、防犯・防火だけでなく、より広範な「安全・安心」を提供する新しい「社会システム産業」の構築を開始すると、1989年に社内外へ宣言したのです。

創業以来、セコムは警備を通じて法人や個人の「安全・安心」を守ることに注力し、独自のセキュリティサービスやセキュリティシステムをつくり出してきましたが、その枠をさらに広げ、社会全体の「安全・安心」を担う会社になると決断しました。

こうした変革の原動力は何かとよく尋ねられるのですが、個人的には、「よりよき社会をつくる」という強烈な使命感 と、「予見し、想定して先に動ける力」だと思います。こうした思いや力が社員の一人一人に浸透し切っており、総じて従来の延長線とは異なる次元の仕事や成果を創出しているのではないでしょうか。

あらゆる事業において、肝心なのは「予見し、想定して先に動く」ことです。動いてみて、実現して、そこで初めて ニーズが顕在化することもあります。ニーズが顕在化してから動いていては遅いことも多く、顕在化した瞬間に、すでに実現させたサービスと結びつくと、爆発的な力が生まれます。厳しい規制があり、身動きが取れないと思われる分野であっても、将来を見越して考え抜けば、必ずやるべきことが見えてきます。ですから私は、今も昔も、未来を見つめることに何よりも力を割いています。

超高齢社会に対して、セコムができること・すべきこと

「社会システム産業」の宣言以降、社会の「安全・安心」のために事業を展開してきた当社が、現在手がける分野は、「セキュリティ」「超高齢社会」 「災害/BCP、環境」の3つに分けることができます。この中から「超高齢社会」への対応を例に、「予見し、想定して先に動く」とはどういうことか説明します。

ご存じの通り、日本は世界でも未曽有の「超高齢社会」に突入しています。65歳以上人口の比率を高齢化率とすると、1997年ごろに日本は 16~17%となり、世界最高レベルとなりました。これが2040年ごろには約36%、3人に1人以上になると予測されています。2010年には1人の高齢者を3人弱の現役世代が支える構図でしたが、2060年ともなると、1人の高齢者をほぼ1人で支えなければならなくなると予測されています*。

一人暮らしの高齢者の割合も増え続けています。ケアを必要としがちな高齢者がこれだけ増えていくと、当然ながら病院のベッド数や介護施設の数は不足するはずです。つまり、そこにわれわれが取り組まなければならない問題がたくさんあるということです。このように、事実を集めて冷静に見渡せば、未来の課題を予見することができます。また、解決策を事前に考え、想定して先に動いておくこともできます。直近の課題に対処しているだけでは、本当に「安全・安心」な社会は築けないのです。

振り返れば、1981年に初めて家庭向けサービスとして開発・販売した「セコム・ホームセキュリティ」も、時代の先を読んで始めたサービスでした。 そして、このサービスがセコムを「警備産業」から「安心産業」へとフィールドを一気に広げてくれました。翌1982年には、日本初の救急通報システム「マイドクター」を販売します。これは、首からかけるペンダント式の救急通報ボタンで、救急時にボタンを軽く握るだけでセコムに救急通報信号が送信できるというものです。高齢者の方に「安全・安心」の提供を目指した最初のサービスといえるでしょう。

2001年には、屋外で使うことができる日本初の位置情報提供システム「ココセコム」を開発しました。きっかけは、認知症で徘徊するご家族に困っている人がいると耳にしたことです。高齢社会に移行する中で、そういった人は潜在的に数多くいるに違いないと受け止めたのです。

それまでセコムは、企業や家庭などの建物のセキュリティは提供してきました。しかし、徘徊となると、位置の特定(測位)はもちろん、通信や電源、また携帯性も考えると、大きさや重量など課題が数多くありました。それらを、一つづつ検討していたところ、アメリカのクアルコム社が測位精度の高いGPS(全地球測位システム)技術の実用化にこぎ着けたというニュースが飛び込んできました。すぐに当時研究開発担当常務だった私がアメリカに飛び、クアルコム社に技術協力を要請、ところが、開発に当たっては日米の通信環境の違いからくる精度の問題など、また壁が立ち塞がりました。しかし、「簡単にできるものなど“最先端”ではない、画期的なこのサービスをつくり出せば、困っている数多くの人を助けられる」という信念で、これらも突破してきました。

課題解決のためなら、新たな職務へのチャレンジもいとわない

最近の例でいうと、2013年4月に「セコム・マイドクタープラス」の提供を始めました。これは、ビートエンジニア(緊急対処員)が「転倒対応」にまで踏み込むのが特徴ですが、このサービスを立ち上げるために、それまでは警備を主業務としていたビートエンジニアのほぼ全員に介護技術を習得させ、マ ニュアルを必携としました。転倒した高齢者を安全に介助するには、専門的な技術や知識が必要不可欠だからです。ビートエンジニアの介護技術習得と、ベースとなる意識改革は簡単ではありませんでした。しかし、超高齢社会では、誰かがもう一歩踏み込んで支える側に回らないと、社会の「安全・安心」は確保できません。

東日本大震災をきっかけに、強化したサービスもあります。これは高齢者に限ったサービスではありませんが、災害時などの備えとして写真や身分証明書 などの個人情報をセコムがお預かりする「セコム・ホームセキュリティ G-カスタム」がそれです。2011年12月に販売を開始しました。今回の津波災害では、家族などの電話番号が分からない、家族や恋人の大切な写真が流さ れた、服用薬の名前が分からない、身分を証明するものがなく銀行で現金をおろせないといった事態が続出しました。これはまさに「安全・安心」に関わる問題 です。

その他も、挙げ始めるときりがありませんが、これらのサービス開発の背景には、前述のとおり超高齢社会の進展や、高齢者の単身世帯の増加、要介護人口の高まりといった時代の要請があります。また、高齢者人口が増えるということは、期待されるサービスも多様化するということでもあります。アクティブな方、寝たきりの方、孫に囲まれて、あるいは一人暮らしなど、全ての方へ「安全・安心」を提供するために、サービスをラインナップすることは、簡単ではありません。そのためには、予見し、想定して先に動かないといけないのです。

セコムのサービス開発の根底には、膨大なデータがある

セコムは、超高齢社会への対応に限らず、画期的なサービスを次々開発してきました。ではなぜこのように未来を予見し、想定して先に動くことができるのか? その中心に、サービスやシステムを支えるインフラとしてのデータセンターがあることをご存知な方は、そう多くはないでしょう。

セコムグループでは、2000年に国内最高レベルのセキュリティを誇る「セキュアデータセンター」を構築しました。それに加え、2012年10月にはアット東京**がグループ入りしたことで、国内最大規模のデータセンターを持つことができました。

これにより、お客さまからお預かりした貴重な個人情報にさまざまなデータをリアルタイムに乗せることができるようになりました。その結果、起こりうる未来を予見し、新しいサービスを生み続けることができるようになったのです。

例えば、ある既往症を持つ高齢者が外出先で急に発症し倒れたとしましょう。そんなとき「セコム・マイドクタープラス」であれば、お客様の救急情報を預かっているため、必要に応じて119番通報するだけでなく、救急情報を専門端末に送信し、医療機関などへの伝達に努めることができます。 1分1秒でも急を要するときに、データの集積は大きな威力を発揮します。セコムは、データセンターを単なるハード面の役割にとどめず、各種サービスを提供するサービスセンターとして、より一層の「安全・安心を」提供していこうと考えているのです。

セコムの事業に世界が注目

世界最先端の超高齢社会である日本で磨き上げたこれらのサービスは、これから高齢社会を迎える外国に展開することもでき、実際に、これまで19の国と地域でセキュリティサービスや防災・地理情報サービスを提供するなど、諸外国から高く評価されています。また、世界各国から見学者が来ることも数多くあります。このような動きがあるのは、世界で最も進んだ超高齢社会の日本で磨き上げられたサービスであるからこそであり、大きな可能性を感じています。

セコムは2012年に創立50周年を迎えました。肝心なのはこれからです。そこで、セコムグループは、先の3つの切り口ごとに、持てる技術力やインフラを生かして2025年までに実現すべき37のサービスを構想し創出しました。ただ構想・創出しているだけではありません。このサービス は何年までに、と明確に期限を切っています。2015年まで、2020年まで、そして2025年までにすべきことという明確な目標を掲げているのです。企画や技術開発を担当する社員は大変でしょうね(笑)。

ですけれども、私は十分できると思っています。セコムグループには現在すでに日本最大級のデータセンター、数々のサービスやノウハウ、そしてグループ各社の人材といった、50年間培ってきた強固なインフラがあるからです。さらに、創業以来、今日まで脈々と受け継がれてきた企業理念、 企業風土があります。創業者の飯田亮は、セコムグループ社員に向けて「セコムの事業と運営の憲法」を書きました。そこには、「セコムの行う社会サービスシステムは、高度な技術に立脚した革新的最良のものでなければならない」「新しい社会サービスシステムは、最初の段階では社会慣習に馴じまず、また、法的側面でも相当な障害が予想される。しかし、それだからこそセコムが選択する価値のある事業である」といったことが書かれています。当社の50年の歴史とは、 まさに書かれているとおりのことが貫徹され、画期的なサービス開発に裏付けられた「警備産業」から「社会システム産業」への変革の歴史です。そして、この変革に終わりはありません。“MIRAI”に向かって永続していきます。

7月5日に完成した新ショールーム「MIRAI」では、文字通り、セコムが考える未来図が最新のデジタル技術によって紹介されている

*出典:総務省「国勢調査」、国立社会保障・人口問題研究所「将来推計人口(平成24年1月推計)」
**株式会社アット東京 2000年6月に東京電力および東京通信ネットワーク(後のパワードコム)が中心となって設立されたデータセンター事業者。2012年9月、東京電力が保有する株式の過半数をセコムが取得した。

PROFILE

前田 修司(まえだ・しゅうじ)
セコム株式会社 代表取締役社長
1952年、鹿児島県生まれ。早稲田大学理工学部金属工学科卒業後、セコムに入社。主に技術者として企画と開発の業務に携わり、97年取締役、2000年常務取締役、09年副社長を歴任。10年1月に、同社では技術畑出身で初の社長に就任した。
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