ログインして記事ブックマーク、コメント投稿などすべての機能を使う。

close

INTERVIEW
世代のバイアスを拭い去れ!次世代と共鳴しあうエンジェル投資家 加藤順彦さんの仕事術
INTERVIEW

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
BOOK MARK

職場のジェネレーションギャップは、価値観や商習慣の違いなどなにかとネガティブに語られがちです。若手社員からすれば「ベテラン社員が思うようにやらせてくれない」といった歯がゆさが、ベテラン社員からすれば「若手社員の芽を摘んでいるのかもしれない」といった戸惑いなどがあるのでしょう。

しかし、それをイノベーションの源泉と言われる「多様性」と捉えるならば、ビジネスに前向きに生かすことができるはず。そこで今回は、ジェネレーションギャップをテコに事業を加速させるベンチャー企業「AGRIBUDDY」を取材。同社は、カンボジアなどアジアの新興国における農業の課題を解決するためのサービス開発を行っています。

中心人物は、CTOで現在37歳の原永淳さんと、彼の11歳年上のエンジェル投資家の加藤順彦さん、CEOの北浦健伍さん。前編では原永さんに、AGRIBUDDYの事業内容やいかにしてお二人が貢献し合っているかを「若手」の視点でお話しいただきました。今回の後編では、「ベテラン」の視点に立った加藤さんのお話をお届けします。

エンジェル投資家 加藤順彦

PROFILE

エンジェル投資家 加藤順彦
加藤順彦
エンジェル投資家
写真左。1967年、大阪府生まれ。関西学院大学在学中に学生起業を経験。1992年に広告会社の日広(現GMO NIKKO)を創業。2008年、同社のGMOインターネットグループ傘下入りに伴い退任し、シンガポールに移住。主にアジア進出を目指す日本人起業家をエンジェル投資家として支援。日本在住時より創業期の株式会社ディー・エヌ・エー、株式会社ザッパラスなどへのスタートアップ投資の実績多数。著書に『シンガポールと香港のことがマンガで3時間でわかる本』(アスカビジネス)など

次世代が現れなければ先がないという強い自覚

前編に詳しいですが、AGRIBUDDYは現在、最初のターゲットとして、カンボジア郊外ではたらく農家をITの力を駆使してサポートしています。アジアの新興国で普及しているアンドロイド端末対応のアプリを使って農作業の進捗状況や農作物の発育状況を記録。GPS技術を活用した最適な工程管理や、アプリ上での病害虫の予防法などの情報の提供しています。さらに、生産者の貧困そのものを解決する試みを検証中とのこと。

多くの農家は農夫それぞれの作業範囲を計測し、それに見合った賃金を支払います。しかし、広大な農地と大勢の農夫を管理するのは至難の業。創業当時、AGRIBUDDYが当初β版を検証していた農地は東京都台東区とほぼ同じ広さ、農夫は最大で200人もいたそうです。また、正確な情報が蓄積されていないがために天災や農作物の疫病のリスクもありました。

加藤さんらが描いたビジョンをサービスというかたちにしたのが原永さん。お二人の出会いは2013年、原永さんがシンガポールに移住してきたばかりのときでした。移住した翌日にシンガポール在住の日本人実業家が集う飲み会で知り合い、原永さんのそれまでの実績を聞いて感心した加藤さん。その翌日には、原永さんをAGRIBUDDYに誘ったそうです。

その日の午前中、AGRIBUDDY代表の北浦と「原永さんに手伝ってもらいたいね」と話していて、オフィスを出たところでたまたま原永さんと再会。その場ですぐにお願いしたんです。「まずは一緒にカンボジアに視察に行こう。旅費は自腹だけど」って。

原永さんは、すぐに加藤さんとともにカンボジアへ飛びました。そこで聞かされたAGRIBUDDYの「今後世界が直面するであろう食糧難や産業としての農業の未来予測」というビジョン、そして現地で目にした広大なキャッサバ畑の光景に圧倒され、参画を決心。加藤さんの熱心なオファーが原永さんに行動を起こさせ、ついにはサービスをかたちにしてしまったのです。

そのとき加藤さんには、「次の世代が現れなければ、日本も自分の先がない」という、焦りにも似た強い思いがあったといいます。背景には、グローバル化に対応できず、アジアでも遅れを取り始めていた日本人に対する危機感がありました。

私は2008年にはすでにシンガポールに移住していましたが、同じように現地で暮らす日本人の大半は大企業の駐在員で、「ここで必ず成功するんだ」という目的を持っているひとは相変わらず少なかった。そんなとき、若くして実績に裏打ちされる実力を備えた原永さんがやってきた。新しい幕開けのようなものを感じました。

「40歳を過ぎると矯正が効かなくなることがあるから」という本音も。「若いひとより経験はあるかもしれないけれど、経験があるからこそ、多くを知っているからこそとらわれることもあるでしょう」。加藤さんはともにアジアで戦ってくれる次の世代の到来を待っていたのです。

自分の世代に染み付いたバイアスを拭い去る

しかし、加藤さんのようにここまで自分よりも下の世代とフラットな関係を築くことができるというのは、誰にでもできることではないのでは? なぜなら、すべての年代のひとたちに対して謙虚であり続けることをはばむ世代が生むバイアスを認識し、自分や自分の世代のある意味での限界を認めることは、決して容易ではないはずだからです。

1967年生まれ、インターネット業界では「第1世代」と呼ばれる加藤さんは、自分の世代の特徴を次のように分析しています。

大学生のときはちょうどバブル期。日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われ、日本は世界的に見ても経済的に豊かでした。学生がみんな車を持っていて、新卒でも8000万円のマンションを買ってローンが付いた時代。学生の身分でもすぐに会社を作れたし、すべてがイージー。若い頃は社会に甘えて育ってきました。

加藤さんの世代はバブル崩壊後の「失われた20年」を中堅ビジネスパーソンとして歩んできました。さらに、インターネット業界においては「ライブドアショック」の苦渋を味わった世代でもあります。大きな喪失感と、日本でビジネスをすることの限界を感じたそうです。

三木谷さん、堀江さん、熊谷さんらビットバレーのスターたちを、それまで彼らを持ち上げていた人たちが手のひらを返したように叩いていました。「ネットベンチャーは悪いやつらだ」と。アメリカでは大学生が作ったフェイスブックが上場前で、中国ではジャック・マーやロビン・リーが英雄視されている。「この差はいったい何なんだ」と。

「それに、そこそこの大学を出ていれば終身雇用にしがみついていける逃げ切り世代でもあるのです」。そうして加藤さんは、日本の外から日本を刺激する次世代リーダーを育てることをライフワークとし始め、原永さんと出会いました。自分が育った時代感を反芻し、その過程で生まれたバイアスを拭い去ることで、異世代との化学反応が起こっているのです。

エンジェル投資家 加藤順彦

そんな加藤さんは、11歳年下、「ネット第2世代」の原永さんを次の分析します。

1998年から2000年にかけて、ビットバレーを盛り上げた最初のデジタルネイティブ世代。若い頃にネットに出会い、ある意味毒されていない。「ネット脳」で世界を捉えることができます。

さらに、

彼のような世代がいまの世界で求められている。彼よりもさらに下の世代を巻き込んで自分のビジョンを達成するためには、自分のようなおっさんがいくら言ってもついてはこない。原永さんの世代をロールモデルにして、彼らの背中についていきたいと思ってもらわなければ。

次世代が育つことがトッププライオリティー

だからこそ、下の世代のひととも真剣勝負。支援を受けるために加藤さんのもとを訪れる若い起業家の列は絶えませんが、まっすぐに向き合います。

私が見ているのはビジネスアイデアではありません。見ているのは、そのひとが自分の挑戦に対して一生懸命になっている理由。意欲の根源や背景を知り、そのひとは多少のことがあっても起き上がれるか、何かしらをかならず成し遂げることができるかを見極めます。

そうして、「芯がある」と認めた若いひとには、いつもこう声をかけるそうです。

あなたの会社が伸びるかどうか、その責任はあなた自身が成長できるかにかかっているし、その責任はあなたにある。私が株主に、役員になった場合は、あなた自身の成長を応援していきます。それがもっとも事業の、会社の成長につながると思っています。

加藤さんは、アジアで成功し、日本に凱旋することを目指す次世代リーダーたちと、挑戦を続けています。

【 本記事の読者にはこちらもお薦めです 】
若手とベテランのギャップをイノベーションにつなげる3つのアプローチ
職場の年の差をテコにビジネスを加速させる実践的なノウハウをご紹介します。
https://mirai.doda.jp/theme/generation-gap/3-approaches-for-innovation/

[取材・文] 早川すみれ、岡徳之

あなたの強み・弱みや能力、
適した働き方や企業風土などを、無料で診断します。
“あなたの可能性”と出会える
キャリアタイプ診断
キャリアタイプ診断
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
BOOK MARK

いいね!していただくと
最新記事をお届けします。

コメントを送る

関連する記事

連載一覧を見る

タグ

タグ一覧を見る