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INTERVIEW
有名進学校、麻布高校が「模擬起業」で生徒のキャリア観を刺激するワケ
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BOOK MARK

近年、実社会との接点をもうけ、ビジネス界の第一線で活躍するビジネスパーソンたちから学ぶ機会を学生に提供する学校が増えています。

有名私立進学校の麻布高校もその一つ。同校が実施する総合的学習の時間「教養総合」では昨年度、初めて「起業」をテーマにした授業が開講されました。高校生が自ら立案した事業のアイデアをフィールドワークなどを経て練り上げていき、最終的に投資家を前にプレゼンまで行う、本格的なもの。講師やメンターは、同校OBの起業家たちが務めました。

なぜ今、麻布高校のような一流進学校がこぞってこうした授業に取り組んでいるのでしょうか。そこには、むしろ「東大一直線」の進学校であるがゆえの課題があるようです。生徒たちはビジネスパーソンたちから何を学び、彼らの社会やキャリアに対する見方にはどのような変化が起きているのかーー。次世代を担う彼らのインサイトを探ります。

麻布高校

トップランナーをメンターに事業プレゼンまで

ズラリと並んだ投資家を前に、自作の資料を使って事業アイデアをプレゼンする。「ビジネスモデルは?」「将来のビジョンは?」…まるでスタートアップのピッチイベントのようですが、話しているのは現役の高校生です。

「教養総合」は、麻布高校で2004年度以降、毎週土曜日の2コマを使って実施されている授業。対象は高校1、2年生で、生徒は学年やクラスに関係なく、自分の興味のある授業を選んで受講します。取り扱うテーマは語学、人文、科学、芸術、スポーツと幅広く、ほとんどの授業は教員が教壇に立ちますが、中には外部講師が教えるものもあります。

2017年度の3学期に実施された教養総合の授業の中に、「雇われるんじゃない。仕事を創るんだ。」と題した、起業をテーマにしたものがありました。

OBで起業家のラーニング・アントレプレナー・ラボ飯野将人さん、KOMEPITO川岸亮造さんによる持ち込み企画。講義要綱には「新しい事業を立ち上げるとは何なのか、どんな視点でビジネスのアイデアを検討、練り上げていくことが大事なのか、顧客を喜ばせる、関係者を巻き込むとはどんなことなのかについて、実際にチームで事業アイデアを完成させることを実践しながら学ぶ」とあります。

企画を持ち込んだOBの川岸亮造さん
企画を持ち込んだOBの川岸亮造さん

川岸亮造さん:1982年生まれ。2001年麻布高校卒業。2007年東京理科大学卒業後、経営コンサルティングファームでメーカー企業の研究開発部門の改善、新商品企画、プロジェクトマネジメント、チームビルディングなどに従事。2012年株式会社KOMPEITOを創業。野菜版オフィスグリコと称されるサービス「OFFICE DE YASAI」で農産物流通の改革を志す傍ら、母校の教育改革にも携わる。

その内容は、「リーン・スタートアップ」という起業ノウハウの座学・実践演習を柱とする本格的なものです。生徒たちはメンターの指導の下、プロトタイプを作って想定されるユーザーに使ってもらったり、アンケートや聞き取り調査を実施したりしながら、約3カ月かけてアイデアを事業へと練り上げていきます。

講座の最終日には、投資家のOBを審査員としてプレゼンを行い、「事業を起こす一歩目」までを体験します。冒頭に触れたのは、その一場面というわけです。

机に向かっているだけでは分からないこと

今回の授業には高校1、2年生19人が参加。3〜4人の5つのグループに分かれてプランを練り上げていきました。高齢者福祉などの難しいテーマに取り組んだチームもあれば、自分たち高校生がターゲットの、身近な悩みから発想したチームもありました。

プレゼンする「らくらくタコパ」チーム
プレゼンする「らくらくタコパ」チーム

完成した5つの事業企画案のうち、審査員からの評価が最も高く、他の生徒からの反応もよかったのが、「らくらくタコパ」チームです。らくらくタコパは、カラオケ感覚でたこ焼きパーティーができる個室・たこ焼きセットレンタルのサービス。メンバーの一人は、その内容を次のように説明します。

僕らもたこ焼きパーティーはよくやりますが、開催場所が悩みのタネです。高校生なので居酒屋のような飲食店に行くわけにもいかず、一方で誰かの家を借りて汚してしまうのには心理的な抵抗があります。もっと気楽にタコパを開きたいニーズに応えるサービスとして、個室の冷蔵庫にあらかじめ具材をセットしておき、店員との会話も電話で完結する、カラオケボックススタイルのサービスを考えました。

しかし、タコパとひとくちに言ってもさまざまなスタイルがあり、ビジネスとして成立させるためには、本当のニーズがどこにあるのかを探る必要がありました。「お金を払ってもらうのは、そう簡単じゃないって思いました」とは、とある生徒の声。

麻布高校

授業が始まるまでお互いに話したこともなかったという彼らは、懇親も兼ねて自分たちでタコパを開いてみたり、類似サービスを展開する起業家へのインタビューや、想定されるユーザーへのアンケートなどを重ねたりして、アイデアをブラッシュアップしていったそうです。

アンケートは最初はクラスメイト、そのあとは小学生時代の同級生など、あらゆる人脈を使って行いました。当初は、自分たち高校生の放課後の居場所作りに、という発想でいたのですが、ヒアリングの結果分かったのは、たこ焼きは一種の『共同作業』ということでした。そうだとすれば、例えばたこ焼きを第三者が焼いて提供するのではなく、具材を用意しておくだけのほうがいいはずです。また、高校生だけでなく大人もターゲットになるから、価格設定も変わってきます(前出の生徒)
麻布高校

生徒たちはこうして、だんだんとアイデアが形になっていくリーン・スタートアップの過程を経験していったのだといいます。

学校側がOBの提案を受け入れ、こうした授業を実施した狙いもそこにありました。

実際に事業化する話も持ち上がりましたが、学校側として求めているのはそこではありませんでした。生徒が学校の外に出てさまざまな人に話を聞きに行き、そこで何かを発見することで、机に向かっているだけでは分からない何かをいかに学ぶかが重要でした(担当の村本ひろみ教諭)

自由闊達のはずが、多様性に乏しい卒業後の進路

麻布高校

ところで、この企画を持ち込んだOB側の意図はどこにあったのでしょうか。中心メンバーの一人である川岸さんは、次のように話します。

麻布は進学校でありながら金髪だってOKで、自分がいたころからずっと変わらず、自由闊達なイメージがあります。ですが、そうでありながら、就く仕事は弁護士、医者、大手商社などばかり。働くことはもっと自由だし、世の中にはもっといろいろな選択肢があると知ってほしい思いがありました(川岸さん)

実際、「タコパ」チームの生徒に話を聞くと、「僕らが知っている仕事といえば、お医者さんくらい。サラリーマンはもちろん知っているけれど、実際に何をやっているのかはよく分からなかった」。別の生徒も「この授業を受けるまでは、大学に行って、いずれは大手の企業に行くのが成功なんだろうなと漠然と考えていた」といいます。

麻布高校

「働くこと」は高校生にとってそれほど身近ではないようで、ある程度決まった進路に進むと宿命づけられた進学校であれば、なおさらそうした傾向は強いのかもしれません。

川岸さん自身も、「働くことについてリアルに想像力を働かせ始めたのは、大学3年で就職活動をするようになってからだった」と振り返ります。

自分のような起業家は全体からするとマイノリティーですが、もう少し増えてもいいのではないか。大手がダメ、スタートアップがいいとかではなく、いろんな選択肢があること、意外と楽しそうに仕事をしている人もいることを伝えたかったんです。
麻布高校

今回の一連の授業を終えて、前述の生徒たちは「お金がもらえる上にそれが楽しいだなんて、そんな道もあるんだと思った。将来の選択肢として起業もありかな」などと話していました。川岸さんの狙いはまずまず伝わったといえるのではないでしょうか。

もっとも、この先の大学受験についての現時点の考えを尋ねると、「とりあえず東大」「親からのプレッシャーがあるから医学部かな」との答えが。3カ月の授業で価値観がガラッと変わったわけではなく、世界が少しだけ広がった、というのが現在地のようです。

若い世代にとっての正解は若い世代が知っている

生徒の社会やキャリアの見方に新たな視点をもたらした今回の授業ですが、提案した側の川岸さんにも発見があったといいます。

メンターであるOBと生徒みんなが入ったフェイスブックグループを作って進めようとしたのですが、聞いてみると、生徒の誰一人としてフェイスブックのアカウントを持っていなかったんです。逆に、僕らの知らないWebサービスを当たり前のように使っていたりする。直接やりとりしたからこそ、こうした高校生ならではのアンテナの張り方を知ることができました。「タコパは共同作業」という視点だって、僕には思いつかなかった。枠にとらわれずに発想するからこそ、たどり着ける場所があると気づかされました。

川岸さんらOBは、今回の授業で「働くとは何か?」といった、大上段に構えたメッセージを伝えることは、あえてしないようにしていたといいます。

僕らが「働くとはこうである」と定義したとしても、下の世代の感じ方は違うかもしれない。どちらかといえば、若い世代のほうが正解を持っているんじゃないかと思っているんです。キングコング西野さんも、『革命のファンファーレ』の中で、「種が生き残るというからには、若い世代のほうが常に正しい」といった意味のことを言っています。若い世代のほうが感度がいいんだから、上から何か言われたからといって自分を押し殺すんじゃなくて、主張して生きてほしいと思います。もっとも、ミドル世代として、そうはいっても負けないぞって気持ちでいますがね(川岸さん)

生徒にとって教室の外へ出てみて初めて学べるものがあるというのは、私たち社会人にもまったく同じことが当てはまるでしょう。オフィスの中にいただけでは、社会のことは分からない。そこから一歩外へ出て、新しい時代の「正解」を探るべきなのは、むしろ私たち大人のほうなのかもしれません。

麻布高校

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[取材・文] 鈴木陸夫、岡徳之 [撮影] 伊藤圭

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