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INTERVIEW
世界が注目、12歳の哲学者に学ぶ。不確実性の高い時代に「自分の頭で考え抜く生き方」
INTERVIEW

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不確実性の高い現代、いい大学に行き、いい会社に入って、出世して・・・というこれまで理想とされてきたキャリアのあり方が揺らいでいます。一方で、それに代わる選択肢を見つけだし、周囲に流されず決断し、行動することが難しいのも確か・・・。

そんな私たちに示唆を与えてくれる、一人の「少年」がいます。それが、現在12歳、この春から中学校に進学予定の中島芭旺(ナカシマ・バオ)さんです。

[写真提供]TOKYO FM『Honda Smile Mission』[撮影]渡辺一城
[写真提供]TOKYO FM『Honda Smile Mission』[撮影]渡辺一城

芭旺さんはわずか10歳のころに出版した、自身の考えを記した著書『見てる、知ってる、考えてる』が累計17万部を突破。

物事に重さはない。ただ、その人が『重い』と感じている。ただそれだけ!」「『こわい』は、やりたいということ。やりたくなかったら『やりたくない』って思う。『こわい』ということは、やりたくないわけではない」

芭旺さんの言葉は海外の人たちの心にも響き、韓国、台湾、ノルウェーでも翻訳され、出版。その後、ドイツ、ベトナム、ポルトガル、中国でも出版が決定するなど、「小さなからだの哲学者」として世界で高く評価されています。

その才能には、ビジネス界も一目置きます。ソフトバンク会長兼社長の孫正義さんが、私財を投じて次世代の異能の力を開花させようとする「孫正義育英財団」の準財団員にも選ばれ、これからの活躍が期待されているのです。

このように芭旺さんが年齢、国、領域を超えて注目される理由の一つは、その「生き方」ーー。

小学3年生のとき、「学校へ行かない」ことを宣言し、自宅で学習したり、読んで「面白い」と思った本の著者の講演会に一人で出かけていったりして学ぶことを選びました。そして現在は、その日によって「学校へ行く/行かない」を自ら選択しています。

「学校へ行くのが当たり前」「学校を卒業したら、会社に勤めるのが当たり前」「会社へ行くのも当たり前」・・・そう考える私たちが芭旺さんの言葉からあらためて学んだのは、「自分の頭で考え抜く」ことの重要性でした。

学校のシステムへの疑問から「前向きな不登校」に

10歳にして本を出版されて、まわりからの反響は大きいのでは?

あまり、まわりの反応は気にしていないんです。学校の友達の接し方も特に変わったわけではありませんし、いつも通り。ただ、視野が広がったな、というのは実感しています。

[写真提供]TOKYO FM『Honda Smile Mission』[撮影]渡辺一城
[写真提供]TOKYO FM『Honda Smile Mission』[撮影]渡辺一城

こないだ、ノルウェーで翻訳本が出版されたので現地へ行く機会があったのですが、どこに行っても自分で選択した生き方をすることを応援してくれる人はたくさんいるのだな、と感じました。

僕と同世代で、「学校に行きたくないな」と感じている人に、「学校へ行かない」という選択肢があること、「10歳でも本が書けるんだ」ということ・・・何か少しでも感じ取ってもらえたらいいな、と思っていました。

そもそも、ご自身の本を出版するきっかけはなんだったのですか。

9歳のころ、ホリエモン(堀江貴文)さんが「自分の経験が商品になる」ということを発信されているのを見て、それで自分に関する本を書くことに興味を持ち始めたんです。

母に相談してみたら、Facebookでよく見かけていたらしいサンマーク出版の高橋朋宏編集長のFacebookページを見せてくれて。「この方のような編集長と言われる方が本を作るんだよ」と教えてくれました。

それで、僕は自分の勘を信じて高橋さんにメッセージを送ったんです。「僕の経験を本にしたいんです」って。お母さんにも言わないで、勝手に。それから、高橋さんと会って、本を出すことになりました。

芭旺さんが小学校へ行かなくなったのは、なぜですか。

いじめがあったのもきっかけの一つなのですが、学校のシステムに「疑問」を持ったのが大きな理由でした。

何かを勉強していて、すごく興味のあることでも、授業時間が終わると、勉強をやめないといけない。なんで2時間じゃなくて、50分とかそのくらいなんだろう、って。

テストのときもそう。問題を早く解き終わったら、本を読みたいのに、「まだテスト中なんだから読んだらダメ」「ちゃんと見直ししなさい」と言われる。見直したとしても、10分もあれば終わっちゃうのに。

勉強することは好きだったけど、学校のシステムが自分に合っていなくて、嫌いだった。それで、お母さんに「もう学校に行かない」と伝えたんです。

お母さまはどんな反応でしたか。

「よく言えたね」って。それまで特に相談はしていなかったんですけど、僕が学校に行きたくないのに気づいていたみたいです。

「学校へ行かない」と決めたときには、怖さもありました。「友達に嫌われてしまうんじゃないか」って。そんなときに背中を押してくれたのが、『嫌われる勇気』という本でした。

この本に教わったのは、好きなことをやる勇気を持つということ。おかげで今、自分の本を出したり、こんなふうに取材を受けたりすることができています。

僕は不登校はひとつの才能だと思います。それは不登校するという決断を出来るという才能。自分を信頼できるという才能。(『見てる、知ってる、考えてる』より)

「今日学校に行くか、誰に学ぶか」すべて、自分の決断

学校へ行かないと決めてから、どんなふうに過ごすようになったのですか。

自分で教科書を読んで勉強したり、知りたいことを調べたり、知識を得たことについて深く考えたりするようになりました。

あと、会いたい人に会うようにしています。本を書くきっかけをくれたホリエモンさんにも会いに行って、「学校に行っていないんです」と話したら、「いいじゃん」と言ってもらえました。ホリエモンさんの、自分に正直に生きているところや、自分のやりたいことを実行しているのが、いいなぁと思っていたんです。

自分でやることを決めたり、勉強したりするには、自立心や自制心が必要だと思うのですが、戸惑いはありませんでしたか。

もちろん、勉強しない日がないわけではありません。でも、僕はもともと勉強が嫌いではなくて、むしろ好きなほうだったので、自主的にがっつり勉強するときもあるんです。

家庭教師の方に来ていただいたこともあったのですが、僕は「教わる」というより、自分の気になったことをネットや本でとことん調べるほうが合っていたみたい。

何をどう学ぶかも含めて、「自分のことは自分で決める」と覚悟していたので、大きな戸惑いはなかったと思います。

福岡市長、高島宗一郎さんにも自ら会いに行きました
福岡市長、高島宗一郎さんにも自ら会いに行きました

最近はまた学校へ通うようになったんですね。

何か特別な変化があったわけではないんです。ただ、「学校に行きたくないときに無理して行かない」「自分のことは自分で決める」と決めてから、かえってやる気が出るようになったのは確か。それでまた通うようになりました。

もともと学校そのものが嫌いというわけではなかったし、学校に行くことで楽しめることも、もちろんあります。「強制的に行かなくてもいい」となると、なんとなく気が楽になって、自然と行きたいと思えるようになったのかもしれません。

今は、朝5時くらいに起きて、その瞬間に学校へ行くかどうかを決めています。学校の先生もそれを受け入れてくれているみたいで、昼から行ったら「朝の会ではこんなことがあったよ」と話してくれたり、僕からも「こんな人に会ったよ」と話したりします。

ちょうど小学校をご卒業されて、中学校へ進学されるんですよね。環境が変わることで、何か心境に変化はあるのでしょうか。

同じ小学校の子がそのまま中学へ進むので、「中学に入ったらこんなことをしたい」という具体的なイメージがあるわけではないんです。

よく、将来のことを聞かれるのですが、それについてあれこれ考えるより、今、どうするか、どうしたいか、何をするべきなのかについて考えるほうが重要なんじゃないかと思っているんです。

未来なんて、分かるはずのないこと。「未来」に縛られるより「今」を生きたほうがいい。なので、今はそれに集中しています。

今、どんなことについて興味を持っているのですか。

今はプログラミングとか、パソコンがどうやって動いているのか、コンピュータについていちばん興味があります。なおさら、学校では教わらないことなんですよね。

「プログラミングで何かを作りたい」というより、興味があること、勉強したいことを、自分でひたすら勉強するのが楽しいんです。

自分を表に出せないのは、自分を大切にしていない証拠

いろんな大人の方にも出会っている芭旺さんから大人の姿はどんなふうに見えていますか。

人それぞれ違うとは思いますけど、やっぱり知っていること、覚えていることは子どもよりも大人のほうが広くて、深いなぁと感じます。でも、一つのことに集中して何かをやるのは、子どものほうが得意かもしれない。

それから、よく大人から「普通はこうするんじゃない?」とか「こうするのが当たり前でしょう」って言われるんです。でも、その「普通」とか「当たり前」って何だろうって、不思議で。

ほんとうはきっと「これが普通」というわけじゃなくて、その人のまわりには「たまたまそういう人がたくさんいる」ってだけのこと。”普通” にとらわれているのかな。

いつも「普通」や「常識」を意識せざるを得ない大人からすると、芭旺さんの生き方は、「普通じゃない」ように見えるのかもしれませんね。

いろんな考えがあるっていうことを忘れてほしくない、と思います。

学校に通ったり、会社に勤めたりすることは、「当然のこと」じゃないと思うんです。心のどこかでただ思い込んでいるだけというか、「行くのが当たり前」という考え方が根っこに染みついているだけであって。それに対して疑問を持つこと、自分にとって本当に大切なことなのかどうかを考えて、大切なことだと思えたら、きっと苦ではなくなりますよね。

仕事にしても、「どうして毎日同じところへ行かなきゃいけないんだろう」という疑問は、もともとたくさんのひとが持っているんだと思います。疑問を持って、その答えに納得できればいいけど、それができなかったら、疑問が疑問のまま残ることになる。それを表に出せるかどうか、なんです。

その疑問を外に表明すると、まわりから浮いてしまったり、「わがままだ」と思われてしまったりしませんか。

そうなるかもしれません。まわりから浮かないように疑問を自分の中でしまっておこうとする気持ちも分かります。

だけど、自分の気持ちを外に出せない、出さない、ということは、「自分の優先順位がいちばんではない」ということですよね。まわりを気にして、自分を出せないあまりに、不機嫌になったり、嫌な気持ちになったりするなら、お互いにとってよくないこと。

そもそも「なんでまわりの目を気にしているんだろう」と気づくことも、変わるための一歩かもしれない。自分自身が「いい」と思えることが、いちばんいいことだと思うんです。それは、自分にとってもまわりにとっても。

一人ひとりが幸せを感じられて、それがみんなにとっても幸せだと思える。それが、いちばんいい場所なんだと思います。

「自分だけが幸せになる」のではなく、「一人ひとりの幸せを尊重できる」ということなのかもしれませんね。

たぶん、そう思えないんだったら、その集団が自分に合っていないということなんだと思います。そういう集団は、抜けてしまえばいいと思う。

人っていっぱいいるじゃないですか。僕も学校を休んで、クラスの子と会わなくなったけど、インターネットでいろんな人と出会えて、いろんな話ができるようになりました。居場所はどこにでもある。もっと、自分のことを大切にしてもいいんじゃないかな。

中島芭旺

PROFILE

小さなからだの哲学者 中島芭旺
中島芭旺
小さなからだの哲学者
2005年生まれ。「自分で選択して学習」「好きな人から学ぶ」がモットー。10歳の時に出版した初の著書『見てる、知ってる、考えてる』(サンマーク出版)は累計17万部を突破し、韓国、台湾、ノルウェーで出版。ドイツ、ベトナム、ポルトガル、中国での出版も決定している。孫正義育英財団準財団員。

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[取材・文] 大矢幸世、岡徳之

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