27万人、地元住民全員を株主に〜最高の地方創生リーダーに学ぶ「巻き込み力」

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山形県庄内地方に「地方創生のお手本」と言われているケース、その火付け役の会社があります。

慶應義塾大学先端生命科学研究所やSpiber(スパイバー)など世界的にも注目を集めるバイオベンチャーが集まる「鶴岡サイエンスパーク」内にこのたび、ホテル「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)」をオープンしたヤマガタデザイン社です。

SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)

代表の山中大介さん(33歳)は大学卒業後、三井不動産で大型商業施設の開発と運営に携わったのち、2014年に庄内地方へと移住し、ヤマガタデザイン社を創業。鶴岡サイエンスパーク内の開発を鶴岡市からバトンを受け取り、完全地域主導型のまちづくりを進めています。

資本金わずか10万円で始まった同社ですが、融資や株式売却を通じて資金調達を実施し、現在では資本金はなんと23億円にまで拡大。しかもその株主はすべて庄内の企業や個人といいます。

「将来的には山形県庄内地方に住む約27万人全員に株主になってもらいたい」とも話す山中さん。しかし彼は東京都出身、慶應義塾大学卒と、実は庄内地方には縁もゆかりもありません。今回はそんな山中さんの「巻き込み力」の正体に迫ります。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

PROFILE

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介
山中大介
ヤマガタデザイン 代表取締役
1985年東京都生まれ。三井不動産で大型商業施設の開発と運営に携わったのち、2014年に山形県庄内地方に移住し、街づくりを担うヤマガタデザイン株式会社を設立。鶴岡サイエンスパーク内での開発を指揮し、2018年にはコミュニティホテル「スイデンテラス」と子どもたちの遊戯施設「キッズドームソライ」をオープン。

全ては「偶然」と「思い込み」から始まった

―どうして縁もゆかりもない庄内地域でまちづくりに携わることに?

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

たまたま、なんですよ。僕が初めて庄内地方を訪れたのは2013年。先端研究所の冨田勝所長が親友の父親だった縁で、サイエンスパークを見学させてもらったことがきっかけでした。そこには産業構造を大きく変えようという機運があったし、すごく面白そうだと思えた。それで一度は、合成クモ糸の量産技術を開発したバイオベンチャー「Spiber」に就職することにしたんです。

けれども、当時のサイエンスパークには大きな問題がありました。もともと開発予定だった用地21ヘクタールのうち、3分の2にあたる14ヘクタールが未着手のままでした。鶴岡市はそれまで年間数億円の予算を投資していたんですが、新たな追加投資は難しいという話。残りの開発は民間が担わなければならない、でも引き受け手が見つからないという状況で。

―Spiberに就職した2カ月後にはヤマガタデザインを立ち上げています。どうして火中の栗を拾う気になったんですか?

だって、目の前に困っている人がいたから・・・(苦笑)。当時のSpiberは研究開発中心の段階で、営業担当である自分はまだそこまで忙しくなかった。だからSpiberにいた当時から、むしろ鶴岡市さんと14ヘクタールの開発の話ばかりしていたんです。行政の担当者は本当に困っていたし、他にやる人はいない。「自分がこの土地に来たのはひょっとしたらこのためだったのかも」という、ある種の強烈な思い込みから始まりました。

前職の三井不動産ではそれなりに楽しく仕事をさせてもらっていたんです。僕がいた用地買収担当は全国に700人以上社員がいる中でたった4人しかいない、いわばエースでしたから。けれどもいつのころからか、「どうして自分は誰が決めたのかも分からないルールの中であくせく競争しているのだろう?」と思うようになってしまって・・・。どれくらい儲けてというのではなく、もっとその土地の人に喜ばれるような仕事をしたほうがいいんじゃないのか、と。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

―なるほど。

そんな風に考え始めて半ば辞める理由を探していた時に、たまたま誘われたのがSpiberだったんです。だから正直、Spiberの将来性とか、そんな打算的なことは初めから考えていなかった。「地方で若い人が挑戦している。そこに飛び込めば自分も成長できるだろう」という程度の理由で。そんな時に14ヘクタールの開発の話が持ち上がって・・・。

市の投資に期待できないなら地元の投資でやるしかない。鶴岡市も旗を振ってくれるということだったので、じゃあ応援してもらうための箱はこちらで用意しましょうということで始めました。

そこからはそれぞれの立場の人にいろいろな角度でお話しして、一個ずつ課題をクリアしていった感じです。お金集め、地権者さんの同意取り、行政の許認可、プランづくり、建設マネジメント・・・こうしたことをグルグルと回しているうちに徐々に空気が変わっていって、応援してくれる人も増えていきました。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

地方の人はその覚悟が「本物」かどうかを見ている

―具体的にどうやってヒト・モノ・カネを集めていったのかという話を伺いたいのですが、最初はどこから手をつけたんでしょうか?

最初に取り組んだのは地権者の方々の同意を集めることでした。地権者集会を開いて、「あなたたちの土地を買います。つきましては協議のテーブルについてください」と。その後、一軒一軒回って判子を押してもらって。

こういうのって面白くて、地権者同意が実際に取れると、みんなの態度が変わるんですよ。それまでは半信半疑だった行政も「あれ? これもしかして本当に実現しちゃうの?」みたいになって。

卵が先か鶏が先かみたいな話で、ある人は「お金が集まったらやるよ」、ある人は「地権者同意が取れたらやろう」、またある人は「設計してくれる人がいるなら協力する」という感じで様子を伺っているんですよ。だから最初は、ある種ハッタリをかますようにして既成事実を作っていく。すると、どこかのタイミングで全てがピタッとはまって回り出すんです。

当時は資本金10万円しかなかったけれどお金が集まる前提で地権者集会を開いたし、銀行に対しては許認可が取れる前提で、地元企業には銀行からの融資がつく前提で話を進めていました。

それが一個一個現実のものになっているから、少しずつクレジット(信用)が積み上がっていったということなんだと思います。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

―とはいえ、ハッタリだけで人が動くわけではないですよね?

もちろんそうです。これは組織でもプロジェクトでも一緒だと思うんですけど、何かを作る際には、人間って正面で向き合ってちゃいけないんですよね。横に並んで同じ方向を見るというのが必要で。

で、横に並んで向いた先には超デカいこと、つまりビジョンがあるんですよ。今回で言えばそれは、「この場所を若い人たちが集まってくる街にしよう」ということ。さまざまに利害関係があったとしても、この点に関しては誰一人「NO」とは言えないはずなので。

どういう話し方をしたらそれが刺さるかというのは人それぞれ違うので、そこから先は相手の立場に寄り添ったり、必要なリスクをあらかじめ潰しておいたりして、個別にアジャストした形で説得していきました。

どういう話し方をすればいいかを知るには、もう地道な作業しかない。こっちに来てからの何年かで、それはもうめちゃくちゃ飲みに行きましたよ。やっぱり何をするにも本音で語り合える関係性が重要なので、まあそれは当然の話かな、と。

―社員も現在55人いるそうですが、どうやって信頼できる仲間を集めたんですか?

ヤマガタデザインの社員のみなさん
ヤマガタデザインの社員のみなさん

4年半、本当にドラマチックな出会いがいくつもありましたね。今では普通に人材募集のサービスを使っていますけど、最初のころは仕事上の付き合いで仲良くなったり、知り合いづてに紹介してもらったりという形がほとんどでした。

例えば現在うちで広報マネジャーをやってくれているのは、もともとNHKの記者としてうちの取材に来ていた人で。「これからは庄内だ」と熱く語ったら、その3日後には辞表を出していたという。

今でこそプレゼン資料にもいろいろと写真を使えますけど、当時はまだ何もできてない段階だったから、全てがイメージパースです。イメージパースすら作る金のなかった時は、ひたすら(ホテルの設計者である世界的建築家の)坂茂さんと慶應卒のブランドだけで押しまくって。今にして思えば、あんなプレゼンでよく来てくれたな、と(笑)。でもそれがちょっとずつ形になることで、状況は変わっていきました。

―入社の条件に住民票を庄内に移すことを挙げていたり、自社サイトがそのまま庄内のメディアになっていたりと、至るところから山中さんの本気度というか、覚悟が伝わってきます。こうした部分が地元の人を動かしているところもあるのでは?

山中さんご自身も2014年、家族と庄内に移住
山中さんご自身も2014年、家族と庄内に移住

そうかも知れません。というのも、地方都市の人って、よく分からないコンサルの人が東京から来て、散らかすだけ散らかして帰るみたいなことを何度も経験していて、ある種ものすごい人間不信になっている部分があるんですよ。最初は僕らもそう映っていたと思います。

今でも忘れられないのは、ある株主さんから言われたことで。「お金を出すのはやぶさかではないけれど、山中さん、君はリスクを取ってないよね? 10万円しか出していないし、失敗したらどこかへ逃げればいいだけでしょ」って。

当時の自分には貯金が20万円しかなかったから、10万円だって十分リスクだったんですけど(苦笑)。その出来事が僕にはすごく悔しかった。それからは個人的な借り入れもしたし、株式を増やしたりもしました。地方の人はそいつが信頼に足る「本物」かどうかを厳しく見ていると思うので。

よく地方を蘇らせるのは「よそ者、若者、ばか者」なんて言われますけど、あれは嘘ですよ。「本物」かどうか、ただそれだけです。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

地方創生とは、地域が当事者となって未来を作ること

―地方創生のお手本とも言われる山中さんの目には、従来の地方創生のあり方はどう映っているんですか?

よく聞かれるんですけど、僕らは別に地方創生を目指してやっているつもりはないんです。自分たちがその土地に住んで、その住んでいる街を自分たちで純粋に良くしたいと思ってやってるだけなんで。だからまあ、リアル・シムシティですよね。

ただ、どうなったら地方創生は達成かと問われれば、僕なりの明確な答えがあります。「地域が当事者となって地域の未来を作る」。この状態が実現できたら地方創生なんですよ。それはもともとその地域に住んでいる人でも、移り住んできた僕らのような存在であってもいいと思うんですけど。とにかくその場所で当事者意識を持って取り組むチームが必要

地方都市に住んでる人って、国とか中央の企業にどうにかしてもらうことに慣れてしまっているんです。そこで自分たちがどう金儲けするかだけを考えている。そうではなく、自分たちでリスクをとることが大事だし、自分たちでこの地域を良くできるという感覚を持つことが大事。どんなに優秀な人が東京から来て、2年間くらいそこで何かしてくれたとしても、長続きはしないし、そこに住む人の自立からは程遠いですよ。

僕は常々、「将来的には庄内地方に住む27万人全員を株主にしたい」と公言しているんです。それも要は、みんなに当事者意識を持ってもらって、「自分たちが住みたい街は自分たちで作る」という思いのもとに行動してもらうのが理想だから。その理想を現実にするためには、僕ら自身がリスクを取ってチャレンジする姿を見せること以外にない。小さなクレジットを積み重ねていく以外にないと思ってやっているところです。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

―4年半経って、ある程度その手応えも?

自分たちでは、今なおうまくいっていると思っているわけではないんですけどね。自信を持って「地域主導」と言えるようになったのは、実は最近のことで。以前はみんなに参加してもらうための旗を掲げる意味で、そう言っている部分が大きかった。でも最近は、例えば山形銀行さんが全国地銀セミナーでうちのことを紹介してくれたりだとか、第三者にそう言ってもらえるようになりました。そういった部分では、徐々に市民権を得ているのかなという思いはあります。

―山中さんは庄内の可能性をどう捉えているんですか? 地方都市には、そこにしかない魅力や可能性ってものがやっぱりあるものなんですか?

正直に言って、庄内地方が日本で唯一のすばらしい土地かと言われれば、そんなことはないと思います。とてもいい地方都市の一つなのは間違いないと思いますけど。「ここにしかない魅力で差別化を」とか、そういうマーケティング視点ではあまり考えていないですね。それよりもむしろ、実際に暮らしている中で見つけたいいものとか、ふとした時に感じる「これいいね」「これ美しいね」という感覚を大事にして街を作っています。

よくあるDMO(Destination Management Organizationの略。当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域作りを行う法人)とか、僕はすごく嫌いで。無理やり観光資源を作ったって一過性で終わるんですよ。それよりも、そこに住んでいる人たち自身がその地域を面白いと思えていれば、それでいいんだと思ってます。だって、庄内に住んでいる27万人が年間4人ずつ友達を呼ぶだけで、このエリアの交流人口は100万人になるんですよ。

―なるほど。

今は自分のところには何もないと思っているから、全国に友達のいる人は、会おうと思ったら自分から出かけていく。そうではなくて、「こっちも面白いから来なよ」と言えるかどうか。それだけで都市間競争のイニシアチブは変わってくるので。

スイデンテラスで展示されている食器

巻き込み力の正体は、自分が本気で思い込んでいること

―今回の取材のテーマは地方創生に限らない「巻き込み力」なんですけど、結局「巻き込み力」の正体ってなんだと思いますか?

思い込めるかどうか、だと思いますね。これはゼロからイチを作れる人とニアリーイコールなんですけど。吉田松陰の言う「狂気」と言いますか。狂気をまとった人間に対しては、周りも「こいつはやべえぞ。何か違う」と思って、勝手に巻き込まれてくれるんですよ。

最後はどっちの思い込みが強いかの勝負。われわれがこの地域で勝てているのは、われわれ自身がこの取り組みをすることによってこの地域を勝たせることができると本気で思っているからです。ここに対する共感が人を巻き込むと僕は思っています。

―どうしてそこまで強く思い込めるのでしょう?

うーん、それは分からないですけど・・・。でも、生まれた時から役割が決まっているような社会主義国でもない限り、この時代に人が人生を懸けてやらなきゃいけないことなんてないんですよ。だとすると、あとは思い込めるか思い込めないかの差だけ。どの道を進むかなんて誰も決めてくれないんです。それが民主主義、ですよね。そうなるともう、思い込める奴が強い。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

世の中の大多数の人は、それでも誰かに決めてもらいたいと思っています。決めてもらいたいし、自分はどうすればいいかを言ってもらいたいと思っている。思い込んでいる人間は、そういう人たちからベット(賭ける)される対象になれるんです。そうなったらもう、巻き込める側の人間ですよ。もちろん、その思い込みの方向が共感を呼ばなければ実際には巻き込めないんですけど、少なくともその権利は得られると言えるんじゃないでしょうか。

―思い込んだ結果、失敗した経験はないんですか? 最初は強く自分を信じていたけれど、失敗や周りとの衝突を繰り返す中で「思い込みの魔法が解ける」人も多いと思うんですが。

僕は33年間、そういう感じで突っ走ってきましたね。もちろん「この人は信頼できる」と思った人がそうでもなかったりだとか、失敗はいくらでもありますけど。それでも思い込み力を失わずにいられたのは、おそらくその前段として、自分が世の中にどれだけ価値を生める人間なのかを確かめたい欲求が強いんだろうと思います。それが思い込みの強さにつながるのではないか、と。

振り返れば三井不動産を辞めたのだって、自分が会社を離れても価値を生めるのかどうか、確かめたかったからです。昔はお金を儲けることへの欲求が世の中を支配していたかもしれないけれど、今は自己実現とか、社会にどれだけ貢献できているかに欲求を感じる人も多いじゃないですか。少なくとも自分は、誰かに「ありがとう」と言ってもらえた時に「価値を生んだな」と実感します。例えばホテルの利用者が喜んでいる姿を見ることが、本当に嬉しいんです。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

―そういう思い込みの強さ、「狂気」って育めるものだと思いますか?

そこ、難しいですよね・・・。でも、「日本人総狂気」みたいである必要はないと思うんですよ。人それぞれ幸せは違うし、その人自身が幸せだったらいいわけだから。自分の場合はたまたま、価値を生むことに対する欲求が強かったというだけで。

―鶴岡に移ってきて、地方を本気で変えようとしているサイエンスパークや先端研究所の人たちと出会ったことで、山中さん自身が影響を受けたところはありますか?

ああ、それはあったと思います。前職時代から真面目な人生の話とか哲学的な話をするのが好きだったんですけど、飲み会などでそうしたことを熱く語ると、どうしても浮いてしまうんですよね。だから、庄内に引っ越してきて、Spiberの関山(和秀 取締役兼代表執行役)さんや菅原(潤一 取締役兼執行役)さんたちと同じフィーリングで話せた時には感動すらありました。

もしかしたら、会社の中で狂気めいたものを持っている人がいても、周りにそういう人がいないがゆえに押し殺されてしまっている部分はあるのかもしれません。「巻き込み力」を持ったリーダーを育てたいのであれば、会社としてそういう狂った人をいかに引き上げるかは大事なんじゃないかと思います。

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

[取材・文] 鈴木陸夫、岡徳之 [撮影] 伊藤圭

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