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INTERVIEW
今の仕事を「自分らしさ」と結びつけ、天職に変えるには?
INTERVIEW

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BOOK MARK

会社の仕事と、自分らしさ。この二つが結びついた仕事を、私たちは「天職」と呼びます。しかし、いわずもがなそれを見つけることは簡単ではありません。

自分のやりたいことと会社のやるべきことが必ずしも一致するわけではない。けれども、そこではやはり、仕事の中でいかに「自分ゴト」を見つけるかが重要なんです。

こう語るのが、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」をビジョンに掲げるファッションブランド「マザーハウス」の取締役副社長、山崎大祐さんです。

マザーハウスはバングラデシュ発の革製品、ネパール発の布製品、インドネシア・スリランカ発のジュエリーなど、ブランド作りを通して国際的な貢献の幅を広げています。

しかし、副社長の山崎さんはもともとジャーナリスト志望で、ゴールドマン・サックスのエコノミスト。途上国やファッションとは縁遠いところで働き、過ごしてきました。

そんな山崎さんがマザーハウスの仕事に「自分らしさ」を見いだし、組織にチームワークをもたらし、事業拡大など成果につなげられているのはなぜなのかーー。

山崎さんのこれまでのキャリアとそこで得た教訓から、仕事と「自分らしさ」を結びつけ、ビジネスパーソンとして活躍するためのヒントを考えます。

株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐

PROFILE

株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐
山崎大祐
株式会社マザーハウス 取締役副社長
1980年東京都生まれ。2003年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。エコノミストとして日本及びアジア経済の分析・調査・研究に従事。在職中からマザーハウス起業準備に協力し、2007年3月にゴールドマン・サックス証券を退職。同年7月から現職

数百億を扱うエコノミストから畑違いのファッションブランドへ

—山崎さんご自身のキャリアを拝見すると、高校までは理系志望。大学ではジャーナリスト志望で、金融、マルクス経済学に傾倒し、卒業後はゴールドマン・サックスでエコノミストとして活躍。そしてまったく畑違いのファッションブランドと、とても興味深い経歴を歩まれていますね。

僕は基本的に、根底にある問題意識はあまり変わっていないんです。それは、「人はなぜ生まれて、どこへ往くのか」という問いへの探究心。その中でさまざまな人と出会い、その時々でやるべきこと、問いかけに対する手段が変わってきた、ということです。

株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐

小学生のころにベルリンの壁崩壊のニュースを見て、漠然とジャーナリストへの憧れを持ちながら、高校生のころは物理学の研究者となって宇宙開発をしたいと考えました。けれどもメディアへの思いも断ち切れず、大学時代はドキュメンタリーを撮影していました。

ベトナムのストリートチルドレンをテーマに取材していて、子どもたちが目を輝かせて夢を語る姿に胸を打たれる一方、現実には当時アジア通貨危機の影響があった。その問題を解決する方法を模索すべく、今度は経済学をひたすら学び始めたんです。

けれども学問に行き詰まりを感じて、あえて金融至上主義のど真ん中に行こうと、ゴールドマン・サックスに入社しました。毎日聞くのは、数十億、数百億という単位。それなりの成果も挙げましたが、自分一人の力で世の中を変えていくことには限界を感じるようになりました。

その矢先に山口(絵理子 代表)に再会したのです。山口はバングラデシュでバッグを生産し、日本で販売するビジネスを考え、僕のところへ売りに来た。稼ぎもそれなりにあったからだと思います(笑)でも、きちんと会社を立ち上げて事業としてやっていったほうがいいのではないかと提案して、共同出資でマザーハウスを設立したんです。

株式会社マザーハウス

竹中平蔵教授のゼミにいて、山口は1年後輩だったのですが、僕がゼミの採用面接を担当したんですよ。そのとき、「あなたの夢は」と質問したら、彼女は「総理大臣になって世界の教育を変えたい」と答えたんです。「こいつ、面白いな」と思って。

自分もせいぜい21、22歳ですから、人を見る目なんてまったくありません。けれども自分の想像を上回るようなクレイジーさを持つ人に出会うと、やはり惹きつけられますよね。それは、今でもそうだなと思います。

ただ、学生時代からそうだったのですが、山口と僕とはアプローチが真逆なんですよ。僕は母子家庭で育ったということもあり、大きな権力に対する反発心や反骨心のようなものが強い。権力化した組織や金融市場を構造的にどうするか、と考える。

山口はとにかく現場第一で、目の前の人たちをどうするか、と考える。ですから、何度もぶつかりました。「あなたは頭はいいかもしれないけど、愛がない」って(笑)

—マネジメント手法はお二人でそれぞれ異なるのですか。

株式会社マザーハウス

人間は本質的には変わりませんから、それぞれの特性がそのままマネジメントにも活かされているでしょうね。山口は1年のうち6、7割は海外にいて、現地の言葉で話し、200人を超える職人と対峙し、型紙からデザインを起こします。

僕は年間3、4割くらい現地に赴いて、人事やマネジメント的な業務を行いながらも、基本的にはマクロからポートフォリオを組んで戦略を立て、ストラクチャーを考えていきます。

ただ、仕事をしていて思うのは、ある程度成長して、平均点の仕事ができるようになってきても、どこかで頭打ちになるんですよ。結局、それを越えられるかどうかは、人間の素質に立ち返ったところにある、というか。

マザーハウスに入社してからも、創業6、7年目くらいまでは何度もぶつかりあってたんです。「現場を見ないで、一人ひとりとちゃんと向き合えているのか」と。けれどもそんなふうにお互いの価値観をぶつけ合っているうち、僕にも現場を大切にする視点が根づいて、山口にも物事をマクロで捉える視点が入り込んできた。

お互いに持っている性質、持っていない性質を分かった上で、課題や目標をどう達成するか、向き合っていく。そうやってマネジメントとしてはバランスが取れてきたように思います。

2時間の ”弾劾裁判” を経て、改めたマネジメント手法

—エコノミストからファッションブランドへというのは、とても大胆な転身ですよね。それまでのやり方が通用しない局面もあったのではないでしょうか。

まったく役に立ちませんでしたよ。役だったのは、お金の計算とエクセルの使い方くらいじゃないかな(笑)

マザーハウスに来た当初は、店舗作りはおろか、商品がどのように生まれて店頭に来るのか知らなかったし、お客さまがどうしたら商品を買ってくれるのかも分からなかった。当時はブランドの認知度も低かったし、週に3回は自分も店頭に立っていたけれど、まったく売れませんでした。

これまでいかに自分がゴールドマン・サックスの名を借りて仕事をしていたのか、思い知らされましたね。

株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐

後から振り返ってみて、ゴールドマン・サックスで培って何か役立ったものがあったとすれば、一つはフェアネス。

1年目だろうがなんだろうが、議論の場に参加できて、面白いと思ってもらえたらどんどん採用してもらえた。頑張った人が平等に報われる環境があったから、それに応えられるアイデアを考える力が鍛えられていったと思います。

もう一つはタフネス。朝6時台に出社して、市場が開く前には自分の仕事を終わらせなくてはいけない環境で、とにかく働きまくった。事業に対する責任感は、あのころに培われましたね。

ただ、当たり前のように自分の意見をガンガンぶつけて、休憩時間を惜しむくらい働くもの、という意識はマザーハウスに来てもなかなか変えられなくて、「山崎さんは人の話を聞いてくれない」と言われたこともありました。

—そのギャップをどのように埋めていったのですか。

起業家ってやはりプレーヤーなところがあって、楽しいから起業するんですよ。でもそこからマネジャーに変わらなくてはならない局面があって、それが僕にとっては創業5、6年目のころでした。

当時はまだ微々たる利益しか出なくて、給与も安いし、労働時間も長いけど、意義があるから頑張れる、みたいな。ある種みんなの犠牲の上に成り立っているようなものでした。そんな状況下で立て続けに二人辞めることになって、それをきっかけに、僕の”弾劾裁判”みたいになったんです。

事務所にみんな集まって、「あの人が辞めたのは山崎さんのせいだ」「このやり方は間違ってる」と糾弾されて。本当は僕も反論したかったですよ。「俺も頑張っているんだ」って。でも、それをグッとこらえて、2時間みんなの話を聞き続けました。しんどいけど、向き合わなければ、と。

株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐

そこで変わりましたね。それまでは会社の理念に向かって、それを果たすことに責任を持っていたけれど、これからはみんなの給与を上げていくこと、生活を豊かにしていくことにも責任を持とう、って。

—それはシビアな経験ですね。なぜ、耳の痛い言葉にも向き合えたのですか。

大前提として、やはりマネジメントに回ると、間違いを指摘してくれる人っていなくなるじゃないですか。本当に、僕のために言ってくれているんだな、と思えた。

今でも自分はダメだな、と思うことはたくさんあるんですよ。スタッフへの言い方とか。でも、自戒の念は自分で持ち続けるしかないんです。その姿勢を持ち続けて、たまに上手くいくことがあれば、自分で認めてあげればいい。

あとは、山口の存在も大きかったですね。経営者として、率直に言いたいことを言い合える仲間がいるからこそ、持ちこたえられた部分があった。それこそ創業6、7年目くらいまではめちゃくちゃ衝突してたんですよ。「辞めてやろう」と何度思ったことか。

でも、途上国から世界に通用するブランドを作って、途上国と先進国の関係性を変えたい、課題を解決したいという目的は一緒で、視点やアプローチが異なっていても、結局そのゴールに向かっていく。単純にそのチャレンジが楽しいんですよ。今でもワクワクするんです。

株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐

—自分らしさを押し込めないためにも、率直に話し合える人が会社にいるというのは大切なのですね。

社内でもいいし、社外でもいいと思うんです。例えば社外なら、尊敬できる年上、同い年、年下の3人がいるといいですね。

年上の先輩は愛を持って接してくれるし、自らの経験に即した言葉をくれる。同世代はライバルですね。「こいつには負けたくない」と競争心に火を点けられる。年下には、自分の固定観念や価値観を吹っ飛ばしてくれるようなアイデアをもらえることもあります。

お互いの強み・弱みを知り、マネジメントに活かす

—自分らしさを活かす「オーセンティック・リーダーシップ」という方法論についてはどうお考えですか。

「自分らしさ」というのは、本当に人によりますよね。僕と山口を例に挙げても、まったく違う。結局、マネジメントスタイルってそれぞれの人生経験からしか生まれないものだと思うんです。

山口はミッションやゴールに忠実で、とにかくやり遂げる。その考え方は、中学、高校と打ち込んだ柔道によるところが大きい。「畳の上で起きることはすべて自分の責任」と引き受ける。

僕の場合はサッカーをはじめとしてチームスポーツをやっていたので、ゴールを決めるまでどんなふうにパスを回すかを考えているほうがワクワクする。「チームとして、人を成長させていきたい」みたいな思いがあるというか。

—他にも「自分らしさが活かされている」と感じるところはありますか。

まずはコミュニケーション能力でしょうか。母子家庭だったこともあって、学校でいじめられないように、コミュニケーションを大切にしてきたところがあった。

それに、小さいころから数字が好きだったんですよ。小学生のときは図書館で野球のデータブックを借りてきて、「去年はこのくらいの打率で首位打者取れたんだな」とデータを読み込んでいた。だから金融そのものに対して思うことはたくさんあったけど、数字は得意になれたんでしょう。

あとは、やはりストラクチャーの部分ですね。山口が0から1を生み出して、僕が1を3にするようなシステムや制度を考える。3を10にしてくれるのはスタッフたちです。僕のオペレーションなんて惨憺たるもので、「これをやればいい」と分かっているのにできない(笑)スタッフたちがしっかりオペレーションしてくれているんです。

マネジャーになればなるほど、自分の強みと弱みをしっかり見つめ直すこと。そして自分が何をして、誰に何を頼むのかを考えることが大切ですよね。

株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐

それぞれにはそれぞれに合った役割があって、一人ではできないことでも、チームならできる。それが会社というものだと思います。

—会社のミッションは、初めから自分ゴトとして捉えることができていたのですか。

創業当初から「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ということは、ずっと言い続けてきたことですが、その解釈の深さはまったく違うかもしれません。実際に生産地へ足を運び、手触りとして途上国の可能性を感じていて、螺旋階段のように思考のプロセスが深くなっていく。

「心からこのミッションを果たしたい」という気持ちがどこから来ているのだろうかと考えると、僕自身がマイノリティであり、マイノリティの可能性を証明したい、という思いからなんですよね。アクションして初めて気づくことはあるなと思います。

バッグを製造するバングラデシュ・マトリゴールのスタッフと山崎さん(中央)
バッグを製造するバングラデシュ・マトリゴールのスタッフと山崎さん(中央)

—自分が取り組んでいる仕事が「自分らしさを活かせていないな」と感じる場合、どうすればいいでしょうか。

自分のやりたいことと会社のやるべきことが必ずしも一致するわけではないですよね。けれどもそこでやはり、いかに自分ゴトを見つけるかが重要なんです。

自分で見つけられるのがベストですが、それができないときには、一緒に見つけてあげるのも一つ。個人のやりたいことと会社のやるべきことが一致する部分を作ってあげるのも、マネジャーの重要な仕事だと思います。

それと、経営者として言えることは、創業当初はできないことだらけなんですよ。「自分のやりたいことじゃないからできない」「やりたいことはあるけど社会から受け入れてもらえない」「お金がないからできない」そんなことばかりです。

僕自身、そんなときに支えになったのは、『踊る大捜査線』でいかりや長介さんが演じていた和久さんの「正しいことをやりたいなら偉くなれ」という言葉ですよ。まだ知名度も低くて、取引先と交渉がうまくいかなかったり、冷たい態度を取られたりして、3日に1回は言い聞かせてたんじゃないかな。

でもそれが糧になって、ブランドとして確立できる路面店を出したんです。そこでうまくいったから、今がある。組織の中で働くなら、着実に成果を出していけばいつかやりたいことにつながる。「やりたいことをやらせてもらえないのは組織のせいだ」って怒るんじゃなくて、そのフラストレーションをモチベーションにしてほしい。それこそが次なる種だと思うんです。

株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐

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[取材・文] 大矢幸世、岡徳之

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