労働時間の長短は問題じゃない、元ピクサー堤大介が考える「生産性」とは?

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かつてはあのスティーブ・ジョブズが会長を務め、ディズニー傘下で、『トイ・ストーリー』『モンスターズ・インク』『ファインディング・ニモ』『カーズ』など、アカデミー賞受賞作を含む大ヒット作を次々と世に生み出してきた「ピクサー」。

同社は世界を代表するアニメーション・スタジオとしてはもちろんのこと、実は経営、特に組織マネジメントに長けた「エクセレント・カンパニー」としても知られています。そんなピクサーでリーダーの一人として期待され、活躍した「日本人」がいます。

トンコハウス 代表取締役 堤大介

堤大介さんは、元ピクサーのアートディレクターでエド・キャットマル社長直々のリーダーシップトレーニングを受けた人物。『トイ・ストーリー3』などを手がけたものの、2014年、惜しまれつつもピクサーを去り、自らの会社「トンコハウス」を設立しました。

今回はそんな堤さんに、トンコハウスの本拠地であるアメリカ・バークレーとSkypeをつないで、世界のエンターテインメント業界で抜きん出て成果を挙げているピクサー流の「生産性の高いチーム作り」についてお話を伺いました。

トンコハウス 代表取締役 堤大介
PROFILE
トンコハウス 代表取締役 堤大介
堤大介
トンコハウス 代表取締役

東京都出身。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。ルーカス・ラーニング、ブルー・スカイ・スタジオなどで『アイス・エイジ』『ロボッツ』などのコンセプトアートを担当。2007年ピクサー入社。アートディレクターとして『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』などを手がける。ピクサー在籍中にサイドプロジェクトとして制作したオリジナル短編アニメーション映画『ダム・キーパー』が2015年米国アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネート。2014年7月ピクサーを退職し、トンコハウスを設立

ピクサーは天才が力を発揮できる最高の場所だった

ーまずは、堤さんが現在手がけているお仕事について教えてください。

うちはまだ小さい会社なので、プロジェクトがたくさんあるわけではないんですけど、まず2014年に作った短編映画『ダム・キーパー』のオンライン・ストリーミング・シリーズを「Hulu Japan」と製作中で、来週には完成予定(取材は7月下旬に実施)、8月中には配信されます。

もう一つが、『ダム・キーパー』を3冊の長編にまとめた「グラフィックノーベル(白黒ではない、一枚一枚描き込んだフルカラーの絵本と漫画の中間のようなもの)」。そのうちの一冊目が、アメリカの出版社から9月に発売されます。フランス語、イタリア語、中国語への翻訳も決まっています。

一番大きな仕事が、これまでずっとあたためてきた、『ダム・キーパー』の長編映画です。まだ製作にこそ入っていないんですが、完成すれば「20世紀フォックス」から全世界に配給されることになっています。今脚本を書いているところで、これがメインのプロジェクトですね。

ダム・キーパー

ー一大プロジェクトが動き始めているのですね。ピクサーでは「将来のリーダーの一人」として期待されていたと伺いました。

ピクサーではアート部門のマネジメント層にいました。大きい会社ですからもちろん僕以外にもマネジャーはたくさんいたわけですけど、その層の中でも「セカンド・ティア」、トップマネジメントが「ティア・ワン」ですから、その下に属していました。

どんな会社でもそうなんでしょうけど、ピクサーでもセカンド・ティアにいる人たちが育つかが会社の今後の命運を握っていて、そのカテゴリーにいる人たちのトレーニングは常に課題だったんです。トレーニングは任意参加だったんですけど、僕は興味があったので自ら手を挙げて。

会社からはアート部門のリーダーとして期待されていたんですが、僕は「本当の意味で人を動かすリーダーシップってどういうことだろう」と、それを知りたかったので、ダメ元でエド(・キャットマル社長)にメンターをリクエストしたら、選んでもらえたんです。

ーそれだけ期待されていたわけですから、堤さんが「会社を辞める」と言ったときはみなさん驚かれたのでは?

ピクサーを去るときに堤さんがFacebookに投稿した画像
ピクサーを去るときに堤さんがFacebookに投稿した画像

すごく面白かったのが、エドに独立の話を持ちかけたとき、彼は驚かなかったんですね。「そうなるだろうと思っていた」、って。「いろんな動機で会社を辞めていく人がいる中で、君は『Right reason(正しい目的)』があるんだから、いずれそうなると思っていた」、と。

まず「辞めます」と言って、そのあと「なぜなら・・・」と続けるじゃないですか。だけど、僕が理由を話し始める前に「そうなると思っていた」、と。だからミーティングの時間も短かったんです。いろんな人に止められたんですけど、エドだけは「それでいい」と始めから言ってくれました。

ピクサーを去るときに堤さんがエドさんに渡したギフト
ピクサーを去るときに堤さんがエドさんに渡したギフト

ー堤さんから見ても、ピクサーには「天才」が集まっていましたか?

僕自身は「天才」ではありません。だけど、ピクサーではたくさんの天才を見てきました。「天才」とは、「小さいころから絵を描くのが得意だった」とか、元々持っていた能力をそのまま仕事としてアウトプットできる人のこと。ピクサーには、そういう人がたくさんいました。

トンコハウス 代表取締役 堤大介

だけど同時に、そういう天才を「扱える人」がいるからこそピクサーは成り立っている、ということも学びました。天才がいないと傑作が生まれないのは事実。だけど、天才を生かすも殺すも人次第、まわりに支えたり、アイデアを形にしたりする人がいないと天才は成り立たないーー。

だとすれば、ピクサーは天才が力を発揮できる最高の場所だったのかもしれません。エドがいたから、エドが支えたから、スティーブ・ジョブズやジョン・ラセター(ピクサーとディズニー双方のチーフ・クリエイティブ・オフィサー)といった天才たちが機能したんじゃないかと思っています。

僕ら(トンコハウス)もそんな場所を作れたら、理想ですね。

トンコハウス

最高のモノづくりの場所を「去る」と決断した理由

ー堤さんが設立したトンコハウスとピクサーはどう違いますか?

トンコ「ハウス」と、「〜スタジオ」とか「〜エンターテインメント」ではなく「ハウス」にしたのは、いろんなクリエイターたちがうちのオフィスに集まって、ステイ(滞在)している間に作品を作れるような、彼らにとって「家」と呼べるような場にしたいと思ったからです。

トンコハウス

ピクサーとは違いますね。ピクサーは「スタジオ」で、社員を「ファミリー」として守るところがあって、クリエイターもずっと居座るんです。うちはトンコハウスに「居座る」というよりは、来て、出て行って、また戻ってくる、みたいな風通しの良いところにしたい。

クリエイティブな仕事をするには、風通しが良くて、常にいろんな刺激があることが大切。だけど、歴史が濃くオリジナルメンバーが残っているピクサーは新しい人が気軽には入っていける場所ではないんですね。それはそれで強いんですけど、そこから生まれる弱さもあって。

ー堤さんはなぜピクサーに居座らず、転機となるサイドプロジェクトを始めたのでしょう?

ピクサーにはアートディレクターとして入社したので、社内では「アートディレクターとしての」レールが敷かれているわけです。僕自身がお話を作る、映画を作るということはできない。専門性はアートディレクションにあるわけだから、「やりたい」とも言えない。

でも、映画を作ることのイロハを学ばなかったら、アートディレクターとしてこれ以上成長できないんじゃないかという危機感を感じて。だから、監督になりたいわけではなくて、「監督を経験することでアートディレクターとしてもっと成長できるんじゃないか」と思って始めたんです。

ダム・キーパー

『モンスターズ・ユニバーシティー』の製作が終わって3カ月間の休暇を取り、最終的には9カ月かけて『ダム・キーパー』を作りました。「映画を作る」って会社経営と同じで、いろんな人を巻き込んで、満足してもらって、その上で作品のクオリティー、スケジュールの管理も全部やって。

毎日、ものすごく大変でした。毎日どこかしらで “火事” が起きていて、その火消しだけを繰り返しやっているような日々。「今までのピクサーでの仕事がどれだけ楽だったんだろう」、って。

『ダム・キーパー』の短編を製作したチームのみなさんと。製作はピクサーの目の前のオフィスを借りて行われた
『ダム・キーパー』の短編を製作したチームのみなさんと。製作はピクサーの目の前のオフィスを借りて行われた

『ダム・キーパー』が完成して休暇を終えて、ピクサーに戻ったとき、「職場の風景が違って見える」って思ったんです。それは、ピクサーが変わったんじゃなくて、「僕が変わってしまったんだ」と気がついた。

毎日火を消しているあの状況が好きだった。毎日ものすごくチャレンジングで、ストレスフルな状況で仕事をすることが、どれだけ自分の成長につながったんだろう。それが、ここ(ピクサー)に戻って、言っちゃなんだけど楽に感じられてしまったというか・・・。

トンコハウス 代表取締役 堤大介

ピクサーにいると、自分がこれから携わる仕事に対して、実際にどれだけのことができるかって計算できてしまったんです。だけど、「俺、これできるかな。もしかしたらできないかもしれない」という状況に自分を置かないと、次のレベルに進めない、と。それで、起業したんです。

労働時間の長短は論点になり得ない、大切なのは「Why?」

ーピクサーやトンコハウスで実践してきた「生産性の高いチーム作り」について教えてください。

高校を卒業してからずっとこっち(アメリカ)にいて、日本で働いたのは正直バイトくらいしかないので多少印象だけでモノを言ってしまいますが、まず強く思うのは「長時間働いても、良い仕事ができるとはかぎらない」ということ。これは特に日本人の方たちと一緒に仕事をして、違和感を覚えることですね。

もちろん長時間やらないと終わらない仕事もある。あるんですけど、行き着くところは「時間」じゃない。それとは逆に、働く時間を短くすればそれでいいのかというと、そうでもない。もちろん、「働いていいのは週に何時間まで」とルールを作らないと、みんなが「人生=仕事」みたいになってしまうんだったら、そういう(労働時間を制限する)統制も必要なんでしょうけど。

だけど、もっと根本的なところでいうと、労働時間というよりは「生産性って何ですか?」って話ですよね。

トンコハウス 代表取締役 堤大介

僕もよくこの話をトンコハウスのみんなとするんですけど、「なぜ、この仕事をするのか」、この「Why?」の部分が明確になっていないと、たとえどんなに長く働いても、どんなに効率的に結果を残せたとしても、まったく意味がない。

逆に、「なぜ、この仕事が大切なのか」さえ伝わっていれば、チームの各メンバーは自分の判断で動けるはずなんです。そうなれば、「どれだけの時間働くか」は個人の裁量にまかされることになるので、正直なところ、もはやディベートの論点にもなり得ないと思っているくらいです。

一人ひとりが心から良いものを作りたいと思っていれば、無意味に長時間働いても良い仕事ができないという判断が、チームとしても個人としてもできるはずなんです。

だとすれば、チームのリーダーにとって大切なのは、その「Why?」、各メンバーが働く理由が、チーム全体に伝わっていることですよね。「これはあなたの仕事なんだからやりなさい。あなたは会社からお金をもらっているんだから働きなさい」というのは、ダメなリーダー。

さらに言うと、「会社の利益のため」というのは、チームのメンバーの「Why?」にはなり得ないんですよ。人は、仕事のためだけに生きて幸せになれるわけがない。家族だって、友達だっているし、自分自身の生活が充実していないと良い仕事なんてできませんよね。

トンコハウス

ーリーダーが生産性の向上だけをメンバーに押しつけると、どんなことが起こり得ますか?

メンバーが数字だけにこだわり始めてしまうでしょう。だけど、「単に効率良く仕事をすればいい」と思っているんだとしたら、「あなたは何のために仕事をしているんですか?」ってことじゃないですか。その場合、目的もなく残業している人となんら変わらないかもしれないですね。

リーダーのように上に立つ人だって、せっかくならメンバーに「やりたくて」仕事をやってほしいじゃないですか。もちろんアニメーション製作のようなクリエイティブな仕事だから、そうなりやすいというのはあるのかもしれないけれど。

そうしたらやっぱり、「生産性だけ高ければいい」「お金だけもらえればいい」じゃなくて、「成長できる」とか、「人に笑顔を与えられる」とか、「そんな人の笑顔を見て自分も幸せに思える」とか、そんな「Why?」を会社で見つけたいですよね。

ダム・キーパー

ピクサーのメンバーがそれぞれの「Why?」を見つけた「あの日」

ーピクサーやメンターだったエドさんは「Why?」をメンバーに見つけさせるのが上手かったと。

エドは「Why?」という言い方はしていませんでしたが、明らかにそれを一人ひとりに考えさせて、常に問うてくるんです。「会社としての『Why?』はこうだけど、君はどう思う?」、と。「会社のWhy?」を押しつけるわけでもなく、メンバーがうまく答えられなくても、「それってこういうこと?」と代弁して、導くのが上手かった。

その場では「Why?」が明確にならないことだってありました。「なんでこんな仕事をやらなきゃいけないんだ」って迷うときだって。でも、そこで一度立ち止まって考えるのか、それとも考えずにただ仕事をこなしていくのかでは、最終的な仕事のクオリティーが違ってきます。

ピクサーはどんな立場の人にも自分の「Why?」を考えさせ、意見を言える場所を作るために徹底して努力する会社でした。「ノーツ・デイ」はそのことを象徴するイベントでしたね。

ー「ノーツ・デイ」とは?

ノーツ・デイは、会社が主催する丸一日がかりの社内イベントで、事前に社員がピクサーについて議論したいトピックを挙げて、投票し、得票数の多かったトピックについて各部屋を設け、自由に出入りしながら話し合う、という場なんです。

例えば、「なぜ、社内の上下関係はなくならないのか?」、「なぜ、テクニカル部門とアート部門とでメンバー間の衝突が起こるのか?」、「なぜ、監督が無理を言うあまりにスタッフが苦しまないといけないのか?」ーー。

どれも生々しいトピックばかりでした。匿名で文句だけを並べるアンケートでは意味がなくて、ちゃんとそのトピックをみんなが面と向かって話し合う。そこに上下関係も何もなく、あるのは自分たちの会社をより良くして、自分たちが働いていて幸せになれるために一生懸命考えるという、「Why?」だけが存在した。

ーノーツ・デイでは、先ほど天才と評されたジョンさんへの不満もトピックに挙がったそうですね。

はい。ジョンが当日の朝、冒頭に全社員の前で、「みんなが最も興味を持ったトピックが、僕自身に対する不満だった」と告白して、それを受け入れたんです。

ピクサーで最も力のある人が、自分に対するフィードバックをみんなの前で読み上げて、「だけど、今日はそんな日だよ」、って。本人はきっと辛かったでしょうね。でもあれで、ノーツ・デイが本当の意味で「キック・イン」したというか。

ピクサーを去るときに堤さんがジョンさんに渡したギフト
ピクサーを去るときに堤さんがジョンさんに渡したギフト

ピクサーは僕らアメリカのアニメ業界で働いてきた者たちにとって、理想郷みたいな場所だったんです。だからみんなピクサーを心から愛していた。みんな、真剣に「なぜ、自分はこの会社で働いているのか。その『Why?』を満たすために、この会社をどうすればより良くできるか」って、考え始めましたね。

だけど、ノーツ・デイが終わった後、エドが言ったのは、「最も重要なポイントとなったのは、当日起きたことよりも、その日までにみんなが『会社について何を話そう?』って、一カ月間くらい真剣に考えたことだよ。それで十分、目的は達せられたのかもしれない」って。

確かに、「これまではみんな、『Why?』、働く理由を会社まかせ、他人まかせにしていた節があったかもしれない。だけど、自分の人生、仕事の『オーナーシップ』は自分自身が持たないといけない」って、みんな気づかせてもらえたんだと思います。

リーダーの出発点は、「チームのWhy?」を明確にすること

ーメンバーが個人の「Why?」を見つけるために、まずリーダーが取り組むべきことは。

トンコハウス

「ノーツ・デイ」のような場を作るということも手段としてはありだとは思うんですけど、前提として、ピクサーは『会社のWhy?』が明確なんですよ。「世界で最高のアニメーション作品を作るためにいるんだ」っていう。

「アップル」だってそうですよね。アップルは、何も電話を作りたくて「iPhone」を作ったわけじゃない。世の中をイノベーションを起こすことで変えていく、そのためにiPhoneを作った。だから、みんなが納得するんです。「ただかっこいい電話を作りたかったんです」、では誰も納得して買ってくれませんよね。

同じように他社の大手企業がMP3プレーヤーやスマートフォンを作ったりして、 真の「Why?」ではないところでアップルの真似をして、それで失敗してきた。なぜなら、「儲かるからスマートフォンを作り始めたんです」、そんな「Why?」では誰も納得しないからです。これは単なる理想論でも何でもなく、ビジネスの観点からとても合理的なんです。

だとすれば、リーダーはメンバーと対話する前に、「チームのWhy?」を見つめ直すことから始めないと。そうしないと、メンバーが「自分のWhy?」を自分で見つけたり、もしくはリーダーとしてメンバーを導くのは難しいのではないでしょうか。

トンコハウス 代表取締役 堤大介

[取材・文] 岡徳之

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