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INTERVIEW
50代で起業、110億円調達のベンチャーおじさん社長に聞く。いつまでも「捨てられる」人でいるには?
INTERVIEW

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BOOK MARK

日進月歩で進化するテクノロジー、若いメンバーからの斬新な提案・・・こうした新しいものに対して、人は歳を取れば取るほど抵抗を示すようになると言われます。

その理由の一つが「捨てられないから」。過去の成功体験、現在の地位や権力を手放したくない思いが、新しいものに対する抵抗感、あるいは先入観につながっているとは、中高年のビジネスパーソンを指してよく批判されるところです。

どうすれば、いくつになっても「捨てられる」人になれるでしょうか。「捨てられる」人とそうでない人とでは、いったい何が違うのでしょう。

今回は、50代にして起業し、110億円の資金調達に成功したことで話題になった「セキュリティおじさんベンチャー」ことBlue Planet-works代表取締役社長の中多広志さんに、「いくつになっても捨てられる人でいるには?」をテーマにお話を伺いました。

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

PROFILE

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志
中多広志
Blue Planet-works 代表取締役社長
関西大学社会学部卒業。Thunderbird School of Global Managementにて経営修士号取得、米国公認会計士資格取得。長銀・長銀総合研究所にてメディア・エンタテインメント分野のM&Aを担当。吉本興業取締役CFOを経て、現職に就任。

セキュリティは日本経済の次の“コメ”になる、という確信

―なぜ50歳を過ぎてセキュリティ事業で起業することに?

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

独立して最初にやったのはセキュリティじゃなかったんですよ。ビデオメッセージを最長99年先の未来日時に届けるという動画のサービスで。

なんでそんなことを始めたのかというと、共同創業者のアメリカ人が死にかけたから。当時彼の息子は7歳とまだ小さくて。となると、息子のために何かメッセージを残したいと思うのが親心じゃないですか。

それで、20歳になった誕生日にメッセージが届くというサービスを考えて作ったんです。そうしたらそれが米軍に採用されて。

なんとなく想像はつくと思うんですけど、戦場の兵士は常に死と隣り合わせにあるので、未来の家族の誕生日や、子供が成人する日に向けてメッセージを残しておきたいというニーズがあったんですね。

ただ、軍としては兵士のストレス緩和のためにも家族とのコミュニケーションを許可したいけれど、何気ない会話から重要な軍事機密が漏れてしまうリスクもある。そこで重要になってくるのがセキュリティだったんです。

―なるほど。

そんな経緯で、我々は米国政府機関のセキュリティシステムを開発しているBlue Ridge Networks社とつながることになった。

でも情けないことに、私はそれまでセキュリティのことはほとんど何も知らなかったんで、「セキュリティ初歩」みたいな本から一生懸命勉強をして。

そうすると、これまでのセキュリティ製品のほとんどは、アメリカやロシア、イギリスなどのヨーロッパ製で、日本製のものはほとんどないことが分かった。これは恐ろしいことだぞと思ったんです。

―恐ろしいというのは?

考えてみてください。今後「5G」の時代になって、世の中が自動運転だ、スマートシティだとなった時に、セキュリティというインフラの全てを外国企業に握られていると、どんなことが起こるか。

ある日突然「止めましょか?」と脅されることだってあり得るわけですよ。でも逆に言えば、これは日本経済の新たな“コメ”になるな、とも思ったんです。

―どういうことですか?

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

例えば、日本の車のデザインがすばらしかったのは、車の設計技術が優れていたからというのももちろんそうなんですけど、薄くて硬くて割れない鉄鋼という素材技術があるからこそ、自由なデザインが可能になっていた側面もある。この先は、セキュリティがそういう役割を果たすことになるかもしれんなあって。

なので、Blue Ridgeが持つサイバー攻撃対策技術であるAppGuardが売りに出された際、それがいいものなのであれば、ぜひ日本に持ってこようということになった。

それで2016年の5月ごろから、日本の商社や電機メーカーなど、さまざまな企業を回って協力を呼びかけ始めたんです。

熱狂に身を投じた経験が、次から次へと自分を駆り立てる

―日本企業からの協力は順調に得られたんですか?

とんでもない。今お話ししたような説明をしても、最初は「そんな虫のいい話があるはずがない」「詐欺じゃないか」と散々な言われようで。どこも門前払いですよ。

会社の預金残高は一時48000円まで行きましたから。最終的に昨年4月までに55億円を調達して、なんとか事業譲渡を受けることができましたけど、あのタイミングでレイズできてなかったら、私は自己破産していたでしょうね。

―そこまで追い込まれることに怖さはないんですか? そういう大きなディールに身を投げ打つことに対する・・・。

ありますよ、そりゃ。でも一度入ってしまうともう、ね。アホやから。高い山でも5合目にポンって降ろされたら、もう登るしかないじゃないですか。山登りなんてしたことないんで、本当のところは知らないんですけど。なんというか、ある意味、ちょっと「病気」みたいなものだと思うんですよ。

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

―病気、ですか。

私の前職は吉本興業というところで。それまで勤めていた長銀総研を辞めて、入った時は30代後半だったと思うんですけど、最初はアルバイト採用でした。行ってみたら、あるのは丸椅子だけ。電話をする時は「すんません」と言って人のを借りて。

でもそこから子会社の正社員になって、常務になって、本社に呼ばれて、個室ができて・・・。2008年ごろ、吉本のいわゆる「お家騒動」が起こった時には取締役だったので、社長に言われてどうにかその解決を図ることになりました。

最終的には株式の非上場化を目指すことになったんですけど、その際に、メインのシェアホルダーを置かず、32の株主が全て横並びになるという、あまりに現実離れした理想形を描いてしまって。その後に続く大変さを考えたら、想像はしても実際にやる人なんていないと思うんですけど。

おかげでもう、それからの1年は地獄の苦しみですわ。反対勢力からの嫌がらせで自宅の電話が毎日のように鳴ったし、自分自身は単なる平取なのに、不動産を売ったりして、社長や会長と並んで420億円の連帯保証に名を連ねて・・・。

なんとか成功に終わりましたけど、もう二度とこんなことはやるもんかと思いましたよ。

―ご家族も含め、命を削るような思いをされたでしょうね。

ところが今、どういうわけか、またおんなじようなことをやっているわけじゃないですか。

だからさっき病気だって言ったのは、おそらくだけど、こういうのは危険や苦しさを承知で繰り返す山登りと一緒で、一回ハマってしまうと抜け出せないんではないか、と。

終わった直後はこんなことは二度とやるもんかと確かに思ったんだけれど、結局、ああいうビッグディールをやり遂げた興奮が忘れられない自分がいるんだと思うんですよ。

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

今回のテーマは「捨てられる人でいるには?」でしたっけ。だから「捨てられない」って人がいるんだとしたら、もしかしたら、そういう経験をなさってないのかもしれないですね。本当に大変な中で、何かの案件に取り組んでみる、というような。若いうちにそういう経験をすることがいかに大事か。

―そうかもしれません。

それに、そういう熱狂の中でこそ、仲間ってのはできるんですよね。私がこれまでやってきてよかったなと思うのは、今回も「やるぞ」と一声かけると、吉本興業の時のメンバーが集まってくれるんですよ。

去年は本当にお金がなかったんで、彼らに対しても何にも払えないんですけど。それでも手伝いに来てくれる。その中にはここでは名前も出せないような大物もいて。

こちらが「悪いな。せめてお昼くらい奢るよ」って言っても、「お前は必ずこのディールを成立させるはずだから、その時奢ってくれればいい」って逆に奢ってくれたりして。

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

今回のAppGuardの件で風向きが変わったのは、ANAさんが出資を決めてくれたところからだったんですけど、それが実現したのも、実は吉本興業時代に付き合いのあった人がANAの副社長(当時)を紹介してくれたことがきっかけでして。

ANAのサイバーセキュリティ担当の方も、当初は半信半疑だったんです。けど、副社長が口を利いてくれたことで技術検証をしてくれることになり。実際に検証してみたら、反応が180度変わったんですよ。「こんなにすばらしいものがあったのか」って。

そういうベタな仲間関係や奇跡的な出会いが重なったことによって、今日がある。ちょっと生意気な言い方になっちゃうかもしれないですけど、それはもしかしたら、これまで世のため人のためと思って、自分のことばっかり考えずに頑張ってきたからこそなんじゃないかとも思うんですよね。

その藁にしがみつくだけの価値はあるか

―よく分かります。でも一方で、中多さんの仕事人生があまりにすごすぎて共感できないという人もいるかもしれません。普通の人向けのアドバイスもいただけるとありがたいんですけど・・・。

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

ぶっちゃけ「捨てる」って大変やなと思うんですよ。よく「断捨離」とか言うけれど、実際はどうしたって捨てづらいじゃないですか。だってそれに価値がある、貴重だと思っているからこそ、しがみついているんだもの。

でも、それに本当にしがみつくだけの価値があるのかってのは、一回検証しなきゃいけないと思うんです。

よう考えてみてください。私らが学生だったころは、みんな一度は司馬遼太郎にハマったものなんですけど、その舞台になってる幕末とか明治維新とかって、たかだか150年前ですよ。そのたかだか150年前にガラガラポンがあって、貴族だった人、武士だった人、そういうたくさんの人たちが一気に地位や職を失ったわけじゃないですか。

戦後と呼ばれる、日本が荒廃してまだ何もなかった時期にしたって、たった73年前の話です。人の人生より短い、ごく最近の話なんですよ。それが1970年代になって高度経済成長とか言われるようになるんだけど、でもその後だって、絶対に潰れない、いい会社とされていたところが次々に潰れているわけですよね?

永続的なものなのであれば、すがりつくというのも分かります。でもこうやって考えていったら、必死で掴んでいるそれが、実は危うい藁なんじゃないかって思いません?

―中多さんご自身は若いころからそういうお考えで、古い自分を捨てることを続けてきたんですか?

いや、私自身は最初から捨てるとか捨てないとかって意識自体がなくて。

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

というのも、私の親父っていうのは高校も出ていなくて、でも365日働いてなんとか自分を大学に入れてくれた。その、何もなくて当たり前だし、でもがむしゃらに働けば何もないところからでもなんとかなるっていう、親父の背中を見てそれを学んだことが、私のファンダメンタルなんだと思うんですよ。だから捨てるとか捨てないとか、そういうことじゃなかった。

組織にいると言い訳ばかりしたり、周りに媚を売ったりする人が山ほどいて、そういう人が偉そうにしているだけで給料をもらっていたりする。自分も社会人になりたてのころ、そういう腐った奴をいっぱい見てきました。

親父のような中小のおっさんは違います。全部を自分で背負ってる。毎日食うために必死ですよ。だから言い訳なんてしないし、地位や権力って話でもない。そういう姿を近くで見ることができたっていうのは、自分はラッキーだったなと思います。でも、働くって本来、そういうもんなんじゃないですかね?

―いや、おっしゃる通りだと思います。

でも、若い人はもう気づいているんじゃないかな。すがりつけるものなんて何もなくて、自分でチャレンジする以外にないことに。もしかしたら、それを邪魔しているのはむしろ、50代、60代の我々の世代なのかもしれない。

自分たちが掴んでいるものが永続しないっていうのはさすがに分かっているだろうけれど。でも定年までの5年を逃げ切るために、必死になってしがみついている。そういう人は自分が挑戦しないもんだから、若い人が挑戦する場も奪っちゃうんです。

私は今後5年10年が、日本の経済が良い方向に転換できるかどうかの重要な局面だと思っていて。その際に、そうやってしがみつくことが後輩や日本の未来にどんな影響を与えるか。そう考えたら、どうすべきかは自ずと分かるはずだと思いますけどね。

Blue Planet-works 代表取締役社長 中多広志

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[取材・文] 鈴木陸夫 [撮影] 伊藤圭

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