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INTERVIEW
Apple仕込みの「常識を疑う力」
INTERVIEW

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BOOK MARK

「イノベーションを起こしたいなら、常識を疑え」。よく言われることですが、肝心の「常識の疑い方」は会社では教えてくれません。

「世界で最も常識を覆す会社」と聞いて、「Apple」を挙げる人は少なくないでしょう。そこで今回は、Apple Japanでスティーブ・ジョブズ氏の哲学に触れ、現CEOのティム・クック氏の仕事ぶりや意思決定に間近で接する機会があった起業家の梶原健司さんにお話を伺います。

梶原さんは1999年に入社し、プロダクトマーケティングや新規事業開発などに従事した後、2014年に株式会社チカクを起業。現在は、「デジタル時代の二世帯住宅」をコンセプトに、離れて暮らす親に子どもの動画を送れる「まごチャンネル」を提供しています。

梶原さんの今のお仕事には、Apple時代の “非常識な” 上司や同僚たちから学んだ教訓が活かされているとのこと。Appleで学んだ、常識を疑い、イノベーティブな事業アイデアを発想し、形にするためのヒントを語っていただきました。

株式会社チカク 代表取締役社長 梶原健司

PROFILE

株式会社チカク 代表取締役社長 梶原健司
梶原健司
株式会社チカク 代表取締役社長
1976年兵庫県淡路島生まれ。1999年新卒でApple Japanに入社。ビジネスプランニング、プロダクトマーケティング、ソフトウェア・インターネットサービス製品担当、新規事業立ち上げやiPodビジネスの責任者などを経て、2011年に独立。2014年に株式会社チカク創業。2016年春から「まごチャンネル」を提供している

「元Appleの人」としての葛藤を乗り越えて

—新卒でApple Japanに入社されたんですね。

僕の実家は淡路島なのですが、「Appleに入社する」と小学校の先生をしていた母親に告げたときには、公務員になれとは言わないから、日本の会社にしてくれ、と電話口で泣かれましたからね(笑)

だって、日本の会社でもなければ、内定をいただいた当時(1998年)は、倒産の瀬戸際にスティーブ・ジョブズが戻ってきてまだ間もないころでしたから、田舎に住む母親が知らないのも当然。しかもちょっと調べれば、「潰れかけている会社」だとバレてしまうんです。

「潰れても良い経験になる」と母親の反対を押し切りましたが、僕としては3年くらい働いて、起業しようと考えていたんです。けれどもそれからiPodやMacbook、iPhone、 iPadなど続々と革新的な製品が登場し、会社自体がどんどん変化、成長していく中に身を置くことが刺激的で、結局12年在籍することになりました。

マーケティングやセールス部門などで製品の価格設定や需給予測に始まり・・・本当にいろいろやらせてもらいました。iPhotoのマーケティングや新規事業開発の責任者としてグローバルプロジェクトの立ち上げを行ったり、退職する直前まではiPodのセールス側の責任者でした。

3カ月に1度ぐらいの頻度でティム・クックがビジネスレビューのために来日していましたが、駆け出しのころは当時の社長の原田(泳幸)さんや山元(賢治)さんの元で日本の戦略について資料をまとめ、ビジネスレビュー会議で議事録を取るところから始まり、キャリアの後半では自分の担当分野の事業戦略プレゼンで厳しい指摘をガンガンもらっていました。

入社当時は「潰れそうな会社」と言われていたのに、辞める寸前では「世界最高の会社」と評価されていたので、母親に「辞める」と言ったら、「なんで辞めるのよ!」と怒られましたよ(笑)

株式会社チカク 代表取締役社長 梶原健司

—2011年に独立されたのはなぜ?

僕が入社したのは、97年から始まったAppleの存在意義を広告にした “Think different.” キャンペーンに感銘を受けたことが大きな理由の一つでした。おかげさまですごい人たちや製品に囲まれて、濃密な体験をさせてもらいました。

Think different.:1997年にアップルが展開した広告キャンペーンのスローガン。アインシュタインら世の中の常識を疑い、20世紀に活躍した17人の人物を取り上げ、賞賛したもの。

けれども震災があって、その秋にはスティーブ・ジョブズが亡くなり、自分が本当にやりたいことってなんだろう、と人生について深く考えるようになったんです。12年働いて、一通りやりきったかな、という感覚もありました。

それでAppleを辞めて、だけど次に何をするかは決めていなかったんです。友人の会社を手伝いながら、なんとなく「元Appleの人なんだから、クールでイノベーティブなものを作らないと。まわりにもがっかりされてしまう」という気負いだけはあった。でも、実際のところ自分はそんなクールなキャラじゃなくて・・・モヤモヤしていましたね。

一方で、実家が遠いということもあって、帰省もなかなかままならない。だから「あと何回親に会えるかな?」とか「あと何回子どもを会わせてあげられろうだろうか?」と常に感じていました。子どもを実際に会わせるのは難しくても、なんとか子どもがそこにいるかのような体験を作れないか。

なので、「まごチャンネル」の原型のようなこと・・・Macを実家の大画面テレビにつなぎ、Dropbox経由で子どもの動画を親と共有して…というのは、Appleにいた2007年ごろからずっとやっていたんです。親にパソコンやタブレット、スマホの使い方をなんとか教える中で、「これは親世代には分かりにくいし、課題はあるよなぁ」ということはことあるごとに頭には浮かんでいた。

だけど、さっきの「いかにもApple出身の人が発想するような、『クールでイノベーティブなもの』ではないし」とかき消していた・・・。

株式会社チカク 代表取締役社長 梶原健司

けれども、辞めていろいろと模索する中で2年弱経ってようやく、「他の誰かにどう思われるとか、そんなの関係ない」と思えて、自分自身が心の底から解決したいこの課題に取り組んでみよう、と2013年ごろから準備を始めたんです。

Appleで ”非常識” な上司をたくさん見てきた

—現在は「デジタル時代の二世帯住宅」をコンセプトに、常識にとらわれず新しい体験を生み出しています。その姿勢はAppleで学んだことですか?

確かに、僕らの世代は「親と動画でコミュニケーションするのなら、スマホやタブレットで十分」と思い込んでいるけれど、テレビの大画面にまさに実寸大ぐらいの子どもが映るので、実際は「テレビ」に子どもの顔が映った瞬間、「わぁっ!」と声をあげて心からよろこんでくれる。

日本全国のユーザーさんから感謝の声をいただく中で、「常識を疑って間違ってなかった」と、そこは確信を持っています。

一緒にするのもおこがましいですが、Appleでもそんなふうに世の中で「当たり前」とされていることを疑って、ゼロベースで考え、ひたすらベストなもの、より良いものを追求するということが徹底されていました。先ほどの “Think different.” も、広告キャンペーンの単なるスローガンでなく、社内に浸透していた「マインドセット」だったなと思うんです。

“常識的に” 考えたらまずできない。でも、できない理由を徹底的に問われるとともに、「ではどうやったらできるのか?」という聞き方をよくされました。ティム・クックからも来日した際によく、「なぜできないのか?」「どうすればできるのか?」と、WhyとHowを常に問われましたね。

今では大手家電量販店に「Apple専用のコーナー」が、Apple Storeのように目立って展開されているのを「当たり前」のように見かけます。ですが、あれは99年にiMacが5色展開で発売されたとき、普通はそんな売場スペースはもらえないけど、粘り強く交渉を重ねて5色のカラーモデルすべてを売場展開させたことで始まったんです。

Apple時代の梶原さん(右上)と同僚の方々、忘年会にて
Apple時代の梶原さん(右上)と同僚の方々、忘年会にて

同じく、今でこそ日常的に見る光景になりましたが、発表された新商品が即日、オンラインストアだけでなく実店舗でも購入できるようになっていたりしますね。

ですが、Appleは発表まで一切の情報統制を敷いています。通常は販売に至るまでは諸々の調整や準備が当然必要なので、家電業界の常識で考えたら、「どうやってその日に売るの?」って。ありえないことなんですよ。

新人のときからそういった常識外れなことをどんどんと実現していくAppleの上司や先輩たちを間近で見たり、ときには一緒に仕事をする中で、“非常識” を実現するには、常識を疑ってゼロベースで思考し、あとはもうとにかく「やり切る」と決めることが大切だ、と知りました。

人の能力と時間はかぎられていますから、それらをどこに振り分けるかを考えると、「やる」と決めなければできない理由ばかりが出てきてしまうんです。「やる」と決めてしまえば、あとはじゃあどうやったらできるのかに意識が集中する。とてもハードなところでもありましたが。

常識を疑う力の源泉は、ジョブズの「金言」

—しかし、「どうすればできるのか」を考えていくと、やらなくてはならないことが際限なく増えていってしまう気がします。

ジョブズの言葉に、”Innovation is Saying “No” to 1,000 things.(イノベーションとは1,000のことに「NO」ということだ)” という有名なものがあるんですけど、Appleは本当に重要なこと、やるべきことにしかリソースを割かないんです。

普通の会社なら、「これもいい」「あれもいいからやってみよう」となりがちだけど、Appleではとにかく少数の本当に重要なことに集中し、フォーカスすることを徹底していて、「どう考えてもこれは通るだろう!」という提案を上げても、上司や本社から突き返されることがよくありました。

世界中から経営幹部を集めた会議で、ジョブズは「担当部門の最重要課題を優先順位順に10個書き出してくれ。書けたか? そしたら、下の7つはやめて上位3つに集中するんだ。それこそが本当に集中するということだ」と言っていたそうです。その会議に出席していた上司から聞いたことがあります。

株式会社チカク 代表取締役社長 梶原健司

全世界のトップマネジメントがそれぞれ一番大事な10個を書き出しているわけですから、どれも会社にとって重要なはずなんですよ。それでも歯を食いしばって、もう一歩踏み込んで「やらないこと」を決める。だからこそ、有限のリソースを重要なことにのみフォーカスし、突き抜けることができるんじゃないでしょうか。

—仕事ではどうしても「保険」を残しておきたくなりますが、例外はないのですか。

大事なことは、重要な3つを決めるというより、少数の本当に重要なもの以外は「やらない」と決める姿勢、だと思います。

例えば、やるべきことを10個から3個に絞ろうとするとき、どれをやらないと決めるのか、10個それぞれに対して本当に真剣に考えるはずです。その思考プロセスと妥協ない実行こそが大切なのではないでしょうか。例外や保険があるほど、その集中の効果は薄れるはず。

これも有名な話ですが、Appleを一度追放されたジョブズが復帰した際に、350あった製品を徹底的にレビューしてそのほぼすべてを廃止し、iMacなどの4つのカテゴリーの製品群のみに絞り込み、その4カテゴリーにあらゆるリソースを集中させました。Apple復活とその後の大躍進に、この意思決定が大きく寄与しているのは明らかです。

—やらないことを決めるにあたって、指針となるのはどんなことなのでしょうか。

ケースバイケースだと思いますが、究極的にはその会社や事業のミッションでありビジョン、ということになるでしょう。

Appleには「最高のコンピュータを作る」、そしてそれを多くの人に届けていく、というのがDNAとして根づいていて、Macintoshが発売されたときに “The Computer for the Rest of Us(少人数の専門家のためではなく、世の中の大半である普通の人のためのコンピュータ)” と定義して、広くあまねく一般の人がコンピュータを使えるように、マウスとGUI(グラフィカルユーザインタフェース)を採用した。

それを実現するために、ギリギリまで真剣にディスカッションをしている会社なんです。製品やサービスの名前一つとっても、何をどうすべきか、意思決定の直前まで徹底的に議論を重ねていて、プロダクトマーケティング時代に自分が担当していたサービスの名前が発表ぎりぎりまで決まらなかったり、みたいな経験もしました。

そうした姿勢からやがてiMacが生まれ、iPhoneが生まれ、今では世界中、数億人のユーザーに最高のモバイルコンピュータとして使われているわけです。

—なぜそこまでストイックになれるのでしょうか。

株式会社チカク 代表取締役社長 梶原健司

私見ではありますが、「最高のコンピュータを作る」というのは、もともとジョブズの個人的な願いだったと思うんです。彼が小さいころにhp(ヒューレット・パッカード)のコンピュータに出会って、「こんなに素晴らしいものがあったのか」と興奮した。

ジョブズは、「例えば、ロケットの打ち上げでも最初の打ち上げ時のわずかな角度の違いが地表から離れていくと大きな差になっていく。まだまだコンピューティングの歴史は始まったばかりだけど、ロケットの打ち上げ時のような初期のフェーズで、コンピューティングの方向性にポジティブな影響を与えられることに幸せを感じている」とインタビューで答えていました。

そういった使命感を持ったジョブズの妥協しない姿勢が周囲の幹部にも浸透して、組織としてベストを追求し続けることが文化となっていたんだと思います。

時間でもクオリティでも、本当にギリギリまで問われ続けるんです。「まだベストではないのでは?」と。それは確かにハイプレッシャーな環境ではありました。ともすると一般企業なら「社長がまた無茶言ってるわ…」と言われかねないですよね(笑)

でもおそらくそれは、「問いが優れていた」ということに尽きるのでしょう。例えば、Appleではある時期から色んな場面でペーパーレス化を進めましたが、お客さま向けの店頭パンフレットやマニュアルなど、どんどん紙の部分を「要らない(NO)」とページ数やサイズを小さくしていったり、なくしていきました。けれどもその「NO」というときには必ず「問い」が入るんですね。

「なぜそもそもマニュアルは必要なのか?」と問えば、「使い方が分からないから」であって、「使い方が分からないのはなぜか?」と問えば、「製品自体が使いにくいから」。では、製品自体が使いやすければマニュアルは不要なはず。実際、Apple製品は競合他社に比べて使いやすく、マニュアルをじっくり読まないと使いこなせないという人はあまりいないと思います。

または、「マニュアル自体が分かりにくいから」という理由もあるかもしれません。では、「なぜマニュアルという手法でなければいけないのか?」という問いがあれば、マニュアルよりももっと良い方法、例えば、Apple Storeのジーニアスバーや、量販店さんにいる店員さんの知識や経験を高める技術トレーニングをするほうが、対面で色んな使い方が聞けて、ユーザーにとってはより良い解決策になる。

自分の常識を外すための「習慣」

—先ほどの「なぜそもそもマニュアルは必要なのか?」のような、優れた問いを立てるにはどうすればいいのでしょうか。

やはり自分でそれをやろうとすると、難しいのは確かなんですよね。一つヒントになるとしたら、何も知らない子どものように、物事と向き合って問いを立てていくことじゃないでしょうか。

株式会社チカク 代表取締役社長 梶原健司

僕も入社試験のとき、初代iMacが発表される前でしたけど、エントリーシートに「なぜパソコンは全部ベージュ色なのでしょうか?」と書いたことが、「ゼロベースでモノゴトを考えられる」と評価されたようです(笑)

iPodに標準で付属していた「白いイヤフォン」だって、当時のオーディオ業界の常識ではNGだった。でも「どうして白いイヤフォンだとダメなのか?」とシンプルな問いを立てて、今までの常識を恐れずに実行に移したことで新たな価値が生み出されたわけです。

意識しなくても常識にとらわれない思考や行動ができる天才もいますが、自分は凡人なので、個人的には、自分で自分に「常識」というキャップをはめず、本質を問い続ける力を鍛えることを心がけています。

”常識” ってつまり「思い込み」じゃないですか。「こうなるはず」「これはこういうもの」という考えは、常識にとらわれて思考の範囲を狭めてしまいます。また、「これは当たり前だ」と思い込みをしていること自体に自分自身が気づいてないことも多々あります。

だからこそ、既存の論理や常識にとらわれていないかを常に自分に問いかけるために、自分の考えていることや感じていることをノートに書き留めるほか、瞑想を10年近く実践しています。どれもシンプルですが、自分の内面を客観的に把握する強力な習慣だと実感しています。

梶原さんが実際に考えを書き留めたというノート
梶原さんが実際に考えを書き留めたというノート

自分の内面から外に「書き出す」という行為が大切なのであって、特に読み返すことはあまりありません。地味だけど、自分自身の心や感情を可視化して内省する習慣を身につけることを大切にしています。

常識や余計な思い込みというフィルターを通さずに、そのとき自分から出てきたままの言葉を眺めてみることで、自分の思考の癖や知らず知らずの間にとらわれていた思い込みに気づき、子どものようにまっさらなモノごとの捉え方を取り戻していくきっかけになっているように思います。

少数の本当に重要なことを見極め、そこに集中して「やる」と決意する。その上で「なぜ?」という問いをすることをおそれずに、常識やタブーをなるべく廃して、どうやったら実現できるか、どうやったらベストに近づけるか、より良くなるかを愚直に追求するーー。

当たり前でシンプルなことかも知れませんが、そういったプロセスの中から、今までになかったような発想やアイデアが生まれてくるのではないでしょうか。

株式会社チカク 代表取締役社長 梶原健司

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[取材・文] 大矢幸世、岡徳之

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