スポーツ界に「経営のプロ」が続々参戦。異業種で活躍できるビジネスパーソンの条件とは?

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これまでのキャリアとは異なる分野や業種に挑戦し、活躍する人が増えています。特にその動きが盛んなのは「スポーツ界」です。

コンサル会社からクラブチームの経営者へ転身したり、ベンチャー企業からマーケターとしてクラブチームに参画したり・・・。サッカーや野球、バスケットボールなど、プロリーグのある競技だけでなく、アマチュアの競技団体が異業種からの人材を募る事例も目立っています。

けれども、異業種からの挑戦は難易度も高く、それまでのキャリアをいかに活かせるのか、心理的なハードルが高いのも事実。そこで今回は、本業の傍ら、スポーツビジネスでも活躍する方に話を伺いました。

本間浩輔さんは、著書『ヤフーの1on1』などでも知られ、ヤフー株式会社常務執行役員コーポレートグループ長を務めながら、2017年Jリーグを起源として始まったビジネススクールである公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル(以下、SHC)代表理事に就任。スポーツビジネスの人材育成に携わっています。

本間さんは果たして、なぜスポーツ界という異分野の組織運営に関わることになったのか。その背景にある課題意識や、自身のキャリアを活かすために必要なマインドセットなどを伺いました。

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔

PROFILE

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔
本間浩輔
公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事
1968年神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、野村総合研究所に入社。コンサルタントを経て、後にヤフーに買収されることになるスポーツナビ(現ワイズ・スポーツ)の創業に参画。2002年に同社がヤフー傘下入りした後は、主にヤフースポーツのプロデューサーを担当。2012年ヤフー株式会社社長室ピープル・デベロップメント本部長、2014年執行役員ピープル・デベロップメント統括本部長を経て、2018年1月より常務執行役員コーポレートグループ長。2017年7月公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル代表理事に就任。

クラブチームの経営者にも「プロ化」が必要

―本間さんが本職と並行してSHCの代表理事に就任したきっかけは?

SHCの前身はJリーグヒューマンキャピタルといって、クラブ経営を担うようなビジネスマネジメント人材養成・開発を目的としたJリーグの一事業だったのですが、それを法人化する形で2016年にSHCが発足しました。

私は発足当時から教育・研修コースのスクールマスターとして関わっていて、2017年7月に代表理事に就任することになったんですけど、そもそもスポーツ界とのつながりはずっとあったんです。

大学時代は体育学部でしたし、野村総研時代にも筑波大学大学院に在籍してスポーツビジネスを研究していて、それからヤフーのスポーツポータルサイト「スポーツナビ」の立ち上げにも携わることになった。

当時スポーツのIT活用はまだまだこれから、という状況だったことから、スポーツもITも分かる人間としてサポートしていくことも多くなってきたわけです。その延長線上でSHCにも関わるようになり、代表理事を務めることになったんです。

―ヤフーは早くから副業制度を導入していましたし、昨今、世の中的にも副業解禁の流れが進んでいますが、何か影響された部分はあったのですか。

いや、残念ながら特に何も関係なくて(笑)。意識的に働き方を変えたところもないんです。代表理事としての業務はすべてヤフーの業務時間外に行っていますから。

長くスポーツナビや「Yahoo!スポーツ」(現在はスポーツナビに統合)にも関わっていましたし、間接的に本業にもプラスになる、と周りからはごく自然に受け止められているかもしれません。

ただ、これは一般的な日本企業の悪いところだと思うけど、どうしても見た目の拘束時間というか、朝早くから来て夜遅くまで働くことが「頑張っている」とみなされることが多いじゃないですか。本来なら、コミットしているかどうかはアウトプットを見れば分かるはずなのに。

そういう意味では、副業だろうが、子育てだろうがMBA取得だろうが、時間の使い方はあまり関係ないし、変わらないと思いますよ。

―本間さんのこれまでの経験をどのようにスポーツ界に活かせるとお考えでしたか。

これは仕方ない部分もありますが、やはりビジネス界とスポーツ界では「マネジメント面で差がある」と感じていました。

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔

昨今、日大アメフト部や日本ボクシング連盟など、複数の組織におけるガバナンスの問題が明らかになりましたが、そうなる理由も分かるような気がするんです。スポーツ組織はどうしてもボランティア的に関わる人も多く、KPIやKGIが曖昧になっているところに難しさはある。

岡田武史さん(元・サッカー日本代表監督、現・株式会社今治.夢スポーツ(FC今治)代表取締役会長)もおっしゃっていましたけど、選手がプロ化し、審判もプロ化したなら、クラブチームの経営者やスポーツ組織の会長職もプロ化していかなくてはならない。そうしなければ、スポーツビジネスを長期的に成り立たせていくことはできないという課題意識を、特にサッカー界は強く持っていたように思います。

ですから、SHCが発足したわけです。そこに、比較的ずっと経営に近い立場でビジネスを行なってきた私が参画することで、貢献できることはあると考えています。

KPIが曖昧なスポーツビジネス特有の難しさ

―代表理事としてどのような役割を果たしているのでしょうか。

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔

基本的には経営の責任者として、SHCの方向性や未来像、どういう人たちをターゲットにするのか、といったことを考えてきました。

まずは、ひたすら「選択と集中」ですね。サッカーで例えると、いまやっているのはゴールに向かっていることなのか、ゴールの確率から逆算してシュートを打っているのか、と。シュートにつながらないサイドチェンジに拍手するようではいけませんから。

ビジネスでもよくそういったことは起こるじゃないですか。「この人からこんな話を持ちかけられている」とか。でもそれが果たして有効なものかどうか、精査していかなくてはならない。

ただ、営利組織であれば、利益を出せば出すほど評価されるのかもしれないけど、スポーツビジネスはそうはいきません。スポーツは、儲かればいいというものではないので。その理屈が分かる人材を育成していかなければならないんです。

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔

例えば、チケットが高ければ高いほどいいのかというと、そうではありませんよね。

―確かに。

金額が高すぎると、ファンが離れてしまいますし、チケットをたくさん売れば売るほどいいという性質のものでもない。

最近ではダイナミックプライシング(価格変動制)を導入するクラブチームも出てきているけど、自分たちのクラブのミッション・ビジョンはどんなもので、どこへ向かおうとしているのかを踏まえたうえで施策を行っていかなければならないんです。

ですから、ビジネスの分野で優秀な人が必ずスポーツ界でもそうだとは限らない

一方で「スポーツ好き」という人だけでもバランスを欠くわけです。「給与は重視していない。とにかくスポーツに関わっていたい」という人の思いに甘えて「やりがい搾取」だって起こりうる世界ですから。だから、営利組織よりもよっぽどていねいにビジョン・ミッションを明確にして、選択と集中を行わなければならないんです。

―営利組織と非営利組織とでその選択と集中の判断基準は異なってくるものなのでしょうか。

判断基準というより、スピード感かもしれません。KPIやKGIが曖昧なぶん、スポーツ組織には比較的のんびりしているところがある気がします。

例えば、SHCが提供している講座で、もっとこうしたらいいという点があれば、すぐに伝えるようにしています。時間が経つと忘れてしまうし、その時にすぐ意味づけをしないと、次の講座にどうつなげられるか分かりませんから。

最近は特にガバナンスの話題が多かったので、多くの人の関心事を拾いながらタイムリーにより良いコンテンツを打ち出していくことが大切。そのためにこまめに働きかけていくことが重要となってきます。

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔

―本業の就業時間のほうが長いなかで、どうやって講師やスタッフとはコミュニケーションを取っていますか。

もちろん、オンラインでもオフラインでもやり取りしていますが、頻度を重ねるというより「タイミング」が重要だと考えています。タイミングを見誤ってしまうと、学習効果にも差が出てきますから。それに組織が異なれば、使う言葉も違うし文化も違う。

そのうえで、責任者としてきちんと話を聞いて、分かりやすい言葉で語り続けていくことは必要ですよね。

複雑な方程式を解くには学習しつづけるしかない

―最近では、ITやコンサルなど異分野で活躍してきた人材がクラブチームに参画したり、日本フェンシング協会が複業限定で専門人材を募集したり、これまでとは異なる形でスポーツビジネスに関わる人が増えていますが、そこで活躍できるのはどういった人なのでしょうか。

「スポーツが大好き」だけだと難しいですよね。鉄道会社で働いているのは、意外と鉄道ファンでない人が多い、っていうのと同じかもしれないけど。

あとは、やはりキャリア的に自立していないと厳しい。どれだけ「スポーツが好きなんです」と口では言っていても、いざそれまでよりも低い給与をオファーされると、みんな立ちすくんでしまうんです。どう比べても条件は前職のほうがいいのがほとんどなわけで、それでも自分自身のキャリアの指針を明確に持っていて、「こういう形で価値提供したい」と心得ている人でなければなりません。

―そこで活躍するために必要なこと、マインドセットは?

マインドセットって、精神論になりがちだけど、やっぱりサイエンスは必要なんですよ。民間企業で考えれば利益が優先されるだろうけど、スポーツビジネスはそうはいかない。ロジカルとマインドを両軸で回して、相当難易度の高い「連立方程式」で最適解を導いていかなくてはならないんです。

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔

クラブチームを例に考えると、事業規模は100億円に満たないくらいかもしれないけど、やっていることは大企業くらい幅があるわけです。広報、強化、営業までやることも多岐に渡って、ステークホルダーは選手や観客以外にも山ほどいる。クラブの経営基盤を安定させるために、広告収入を確保して、チケットの価格設定をして・・・場合によっては親会社に支援をもらって。

しかも、スタジアムを地元自治体から借りていたり、補助金をもらっていたりするから、公益性も問われる。とはいえ、組織としては正社員が50名程度で、それ以外はアルバイト、といった体制がほとんどですから、正攻法では無理なんです。

となると、社内外含めて多様な分野の専門家に協力してもらいながら、ステークホルダーを束ね、組織のマネジメントをしなくてはならない。そこにはスピーディな意思決定が問われますよね。

―その意思決定は相当難易度も高いですよね。それまでの民間企業での経験が通用しなかったり、ずっとスポーツ業界で働いてきた人と価値観が食い違ったり・・・。そういったなかで意思決定し、合意形成していくには何が重要なのでしょうか。

何か「これ」といった定型的なものがあればいいんだろうけど、そうもいかないですよね(笑)。

私自身は大学でも大学院でもスポーツについて研究して、スポーツビジネスのあり方や価値創出について考えてきましたけど、やっぱり学習しつづけるしかないんですよ。スポーツがもたらす価値を理解して、複雑な連立方程式を解けるようになるには。

国際大会の競技時間一つ決めるにも、相当複雑じゃないですか。放映権料を最大化しつつ、選手にとっても最大限パフォーマンスが発揮できるような時間はいつにするべきなのか。気候や環境も勘案して決めなければならない。

スポーツ組織だってそう。典型的なやりがい搾取の構造で、「働かせてやってるんだ」というのが半ば当たり前のスポーツの世界で、お金が入らないからなかなか人を雇えないけど、とはいえチームを強化しなければならないし、それにはお金がいる・・・。本当に難しい方程式ですよ。

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔

でも、経営だって同じなんです。それに類する経験を持った人なら、何か能力を発揮できることはあるはず。結局、どれだけ自分自身で意志決定をして、それを積み重ねることでしか得られないものがありますから

―SHCでの活動を通じて、本間さんが実現したいことは何でしょうか。

そんな、「スポーツで世の中を変えていこう」みたいな大それたことはないんですよ。ただ、僕らがやりたいのは、スポーツが世の中の人びとを幸せにできたらいいな、ということ。

鹿嶋市だって、鹿島アントラーズが発足したことで、サッカーに興味のなかった人もわざわざスタジアムに応援しに行くくらい、新たな娯楽として楽しめるようなものになった。ヨーロッパに行くと、どの地域にも教会とオーケストラとサッカークラブがあるんですけど、やっぱりスポーツは地域に欠かせないものなんです。Jリーグ百年構想もそういったビジョンのもとにある。

だけどそうなるためにはやはり、人材が重要で、そういった人材を育成することが僕らのミッションでもある。私自身、スポーツ界に近いところへ身をおいて、スポーツの価値を享受してきた人間だからこそ、いま与えられた役割を果たしたいし、試みがうまくいくかどうかは分からないけど、やってみないと分からないのも確か。それなら、やってみよう、と。

そういう意味では、副業が認められつつある世の中は、スポーツ界にとっていい流れではあると思うんですよ。これまでは「自分の人生を投げ打ってでもやる」という選択肢しかなかったのが、本業で生活基盤を持ちながら、副業でジョインするという可能性も出てきた

これだけガバナンスの問題が顕在化して、組織としても取り組みを透明化するために、外部人材がより本質的に経営に関わることが求められていますし、それぞれの業務により専門性が求められている。そんな時代だからこそ、スポーツビジネスのあり方はまた変わってきているのかもしれませんね。

公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 代表理事 本間浩輔

[取材・文] 大矢幸世 [撮影] 伊藤圭

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