イノベーティブな ”規格外” の若手の育て方 慶應バイオベンチャーの父 冨田勝さんに聞く

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山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)では、細胞工学、分子遺伝学、ゲノム工学や情報科学などさまざまな分野をベースに、ヒトゲノム解析やメタボローム解析など独自の研究を進めています。

特に産学官連携を軸とした国内外の企業との共同研究が盛んに行われ、以前『“未来を変える” プロジェクト』でも取材したSpiber株式会社をはじめ、腸内細菌から遺伝子を解析する株式会社メタジェンなど、今まさに注目を浴びるベンチャー企業を輩出しています。

2001年の設立から現在に至るまで、IABの先進的な取り組みをリードし、数多くの優秀な研究者を育てているのが、所長である冨田勝さんです。冨田さんご自身もまた、もともと情報科学分野の研究者として世界的な注目を集めながら生命科学へ転身し、先端科学技術研究において独自のキャリアを築いてこられました。

そんな冨田さんに、イノベーティブな ”規格外” の若手の育て方について伺いました。

慶應義塾大学 先端生命科学研究所(IAB)所長 冨田勝

PROFILE

慶應義塾大学 先端生命科学研究所(IAB)所長 冨田勝
冨田勝
慶應義塾大学 先端生命科学研究所(IAB)所長
1958年東京生まれ。慶應義塾大学工学部在学中の1980年、世界初のパソコン漢字出力システム「Apple漢字システム」を開発。1981年に同大卒業後、米国カーネギーメロン大学コンピュータ科学部へ進学し、博士号を取得。1987年、音声認識と自動翻訳を組み合わせた世界初「音声翻訳システム」のデモを行い、1988年、米国立科学財団大統領奨励賞を受賞。1990年に帰国。慶應義塾大学SFCの教員に着任する一方、1994年に同大大学院医学研究科博士課程に入学し、医学博士号を取得。1997年、汎用細胞シミュレーションソフトウェア「E-cell」を発表し、日本IBM科学賞などを受賞。2001年に同大先端生命科学研究所(IAB)立ち上げに携わり、以降同研究所所長、及び環境情報学部教授を務める

IABに “優等生” はいない!?

ー日本トップクラスの研究所(IAB)が山形・鶴岡にあるというのは、少し意外な気がします。

僕自身も東京で生まれ育って、山形には縁もゆかりもありませんでしたから、最初は正直戸惑いましたね。立ち上げ当初、研究者を集めるにも、所在地を告げるとスーッと引かれてしまうような有様で。

けれどもゼミ合宿やハッカソンなんかもそうだけれど、何かクリエイティブなアイデアを生み出そうとするには、よく那須とか軽井沢とか、自然豊かな地方に行くじゃないですか。やはり鶴岡はそれにふさわしい場所ですね。

日本人のメンタリティとして、中央で群れていないと不安というか、どこか “地方” という言葉に格下感がありますよね。けれども実際、海外ではオックスフォードやハーバードなど、多くの研究機関が地方にあります。

キャリアを考えると東京で仕事をせざるを得ないという現実があるのなら、僕らが鶴岡という十数万人規模の都市で、エキサイティングな仕事を作り、発展的な産業を生み出していけば、地方の在り方も変わるかもしれない。

これからの日本はコスト競争では新興国に勝てませんから、優れた製品やサービスを生み出す知的産業をゼロから作るしかないんです。その礎として研究所を立ち上げたのが2001年ですから、道半ばという感じですが。

Spiber株式会社のオフィス(提供:スパイバー社)
Spiber株式会社のオフィス(提供:スパイバー社)

ーSpiberをはじめ、IABから輩出された企業や人材が注目を集めていますが、IABで研究されている人になにか共通する素質はあるのでしょうか。

そもそもIABには、東京に固執するような優等生がいないということが大きいかもしれません。“脱・優等生” であることがわれわれの誇りなんです。

日本では「得意科目を伸ばす」のではなく、「苦手科目をなくす」教育が主流なこともあって、「言われたことをきちんとする」優等生であふれている。高度成長期なら、それでよかったんです。チャレンジしなくても、ただ一生懸命にやっていれば自然に売り上げも伸びていた。

けれども90年代以降、少子高齢化による人口減少で、毎日同じことを続けていれば、ジリジリと負けていく。だから誰かがリスクを取って勝負しなければならない。それが、ひと握りの “脱・優等生” の役割だと考えています。

チャレンジャーこそがイノベーターたりうる

ー冨田さんご自身は “右肩上がり” の経済成長の中で若手時代を過ごしてこられたと思うのですが、なぜ “脱・優等生” 的な思考が重要だと考えるようになったのでしょうか。

それは、父(※作曲家・シンセサイザー奏者の冨田勲氏)の後ろ姿が影響しているかもしれません。父には人に伝えたい音像があり、既存のオーケストレーションに限界を感じて、ゼロから音を生み出すシンセサイザーに可能性を見い出し、日本ではじめて導入しました。

シンセサイザーの前でヘッドフォンをして試行錯誤している父を今でも覚えているのですが、その間、一切の仕事を断っていたんですよね。そうやって完成させたデモテープは「該当するジャンルがない」と日本のレコード会社からは発売してもらえず、やっとアメリカのレコード会社の契約を得て、グラミー賞候補にもなった。

けれどもまったく驕らず、偉ぶらず、誰に対しても対等に接する人でした。チャレンジャーであり、イノベーターだったんですよね。僕もそうありたいと、努めているのですが。

ーIABの所長挨拶にある「失敗を恐れず未知の領域に果敢に挑戦」という言葉は、まさにそういうことなんですね。

チャレンジにもいろいろありますが、誰がどう見てもやるべき挑戦、というのがありますよね。例えば、Spiberの「脱・石油」という世の中の大きな課題を解決する挑戦、あるいはオリンピックに選ばれ、メダルを目指す選手の挑戦・・・ 仮に予選落ちしても、拍手喝采を送るべき正しいチャレンジ。その失敗からは学ぶことも多いし、若い人ならどんどんやるべきです。

それと、これは父が話していたことですが、音楽をやるのは情熱でも努力でもなく、「好き」だから、本能だからというのです。渡り鳥がリスクを恐れず大海を渡るように、人にはそれぞれなんらかの「やるべき」ことがあり、勝負すべきことがある、と。皆それぞれ得意不得意があるけれど、やはり「得意なことを伸ばす」ことでその「やるべきこと」が見えてくると思うんですよね。

Spiberが開発する人工クモの糸(提供:スパイバー社)
Spiberが開発する人工クモの糸(提供:スパイバー社)

イノベーションを生む組織での上司の役割とは

ーけれども日本の現実として、やはり「苦手科目をなくす」教育が主流であり、それを是として学んできた人がほとんどですよね。そういう人が「やるべきこと」を見いだすには、どうすればよいのでしょうか。

「何のためにはたらくのか」などといった人間の根源的なことを考えてみてはどうでしょうか。うちの研究室の合宿で「ジンカタ(=人生を語る)タイム」というのを設けているんですが、夕食を食べてから夜遅くまで、世間話は一切ナシで、「何のために生きているのか」と先輩後輩分け隔てなく、ガチで話すんです。入ったばかりの学生は今までそんなことを考えたこともないから目を丸くしているけれど、上級生になってくると鍛えられて、まるで哲学者のように議論できるようになるわけです。

会社でもそうですよね。そもそも、この会社は何のためにあるのか、ということを考えたらいい。利益を出さなければ会社は継続できないけれど、それはあくまで手段であって目的ではありません。社員だろうが出資者だろうが、何をもって社会に貢献するのか、ということがミッションであるはず。そういうことを突き詰めてみようという時間を設けることは大切ですし、それは上司としての役割かもしれません。

慶應義塾大学 先端生命科学研究所(IAB)所長 冨田勝

ーそうやって見いだした「やるべきこと」を、上司としてサポートするにはどういうスタンスでいればいいのでしょうか。

研究の場合、まず「自分が心からやりたいと思っているテーマであること」が重要なんです。先輩に突っ込まれたり、面白がられたりしながら、現実的に折り合いをつける必要がありますが、そもそも正解は誰も知らないんです。

Spiberの関山さんのときだって、「NASAもできなかったことだし、大丈夫だろうか」とは思ったけれど、だからといって「できない」と決めつけるのは論理的におかしい。ただ正直に言って、「可能性は低いかもしれないけど、やるんだったら応援する」と。それで、関山さんは真剣になったわけです。こうすると物事がうまくいかないときの踏ん張りが違うんですよね。

よく、上司が部下に「これをこうやって」と指示して、作業して・・・ ということが起こりがちだけれど、それではなかなか人は育たないんです。「言われた通りやる」ということは、新しい何かを生み出しているわけではないですから。

自分で設定したテーマなら、責任感も出るし、モチベーションもリワードも違います。「これは面白い」と思ったら、自分で勝手に本を読むし、勉強もするでしょう。

ーその思いが、イノベーションを生む原動力になるんですね。

そうですね。一方で教育者として問題意識にあるのは、クラスに何人かいる「聞かん坊」「生意気な子」が、日本の宝かもしれないということ。人は人を教育することはできないと思うんです。あくまでそういう人をいかに邪魔せず、放っておくか・・・ 環境を整えるか、ということなんですね。あたたかく放任する・・・ 放牧するというか。

企業の経営者と話す機会も多いのですが、長期的なスパンを考え、これからどういう方向に進むべきかを提案してくれる社員がなかなかいないというんです。「生意気」という言葉は、「これはこうなっていて、こうだからこうしたほうがいい」と論理的なアイデアに対して、言い返すことができなくなったときに使う最後のカードのようなもの。つまり「生意気」と呼ばれるような突き抜けた人は、そういった課題設定や発想に優れているということですよね。

ーそういった「生意気な人」たちを活かせる環境や組織が強いということでしょうか。

得てして「生意気な人」というのは組織の中で、「口ばかりの人」と思われがちです。そこで「Must(やるべきこと)-Can(できること)-Will(やりたいこと)」のバランスが機能してくると思うのですが、「これだけのことをやった」という実績、客観的な成果を積み上げていくことで信頼を勝ち取っていかなければなりません。プロジェクトを遂行するうえで、上司としてその重要性を諭していくことが必要です。

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[取材・文] 大矢幸世・岡徳之

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