「好きで長時間働くのがなぜ悪い!」という人に産業医から伝えたいこと

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長時間労働が問題視されていますが、ハイパフォーマーのなかには「好きで長時間働いているのに、なぜそれを妨げるのか」「クリエイティブな仕事は、時間的制約を設けることが邪魔になる」と、画一的な労働時間規制に反感を持つ人もいるようです。

果たして、残業時間規制やインターバル規制などは、「ビジネスの推進力となるハイパフォーマー」の足かせとなってしまうものなのでしょうか。そしてハイパフォーマーは、他人に「自らのように働く」ことを強いるため、モラハラに近い言葉を発しているのでは?

以前、こちらの記事で取材した産業医の大室正志さんは、さまざまな企業で社員たちの心身の健康をケアしています。

働く人たちの生きた声を聞き続ける大室さんに、現在、日本社会につきつけられた長時間労働問題についての考えと医学的な見解、そしてハイパフォーマーが陥りがちなモラルハザードとその対処法、人びとの意識改革への道筋について伺います。

産業医 大室正志
PROFILE
産業医 大室正志
大室正志
産業医

産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医を経て、現在医療法人社団同友会 春日クリニック 産業保健部門 産業医 。現在日系大手企業、外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など約30社の産業医業務に従事

「電波がバリ3」のハイパフォーマーは疲れなくても当然

ー長時間労働問題がしきりに取り沙汰されています。大室さんはどのように感じていらっしゃいますか。

バブルのころ、「24時間戦えますか」と栄養ドリンクのCMが一世を風靡しましたが、そんなキャッチコピーがコンプライアンスを通った時代だったということですよね。ほんの30年前でさえそうだったのですから、時代の移り変わりによって常識が変わっていくことが示唆されているということです。

今、私たちは当たり前のように満員電車に揺られ、終電間際に帰宅していますが、その常識は30年後の人びとにとっては、まったくピンとこないものになるかもしれません。

ー長時間労働是正に関連して、インターバル勤務や残業時間規制などの制度は、産業医の目から見て効果はありますか。

人間は性別や職業、役割などさまざまなカテゴリーがありますけど、まず「霊長類ヒト科」として、最低限確保しなくてはならない睡眠時間はあるわけですから、そこから立脚していけばいいんですよね。人間も「動物」ですので。そう考えると、個人的にはインターバル規制には賛成ですね。

ちなみに私の実家は良く言えば寛容、悪く言うと放任でしたので、小学生のときに「ファミコンやり放題」でした。それで凝り性だった私は徹夜して学校の誰よりも早くドラクエをクリアーしたのですが、後で身体にこたえました。今考えると実家にもインターバル規制があったほうが良かったと思います(笑) つまり「やりたいこと」「好きでやっていること」はどうしてもやり続けてしまうんですよ。

それに、現代ではタブレットやノートPC、スマートフォンなど情報機器が発達して、どこでも働けるし、やる気があればどこまでも働ける。「どこまでが仕事か」という境界線を引くのが非常に難しくなりました。

例えば、編集者は仕事好きな方が多く、紙媒体の場合は校了があることで仕事にメリハリができますが、ネット媒体は極論すれば毎日でも記事がアップできてしまう。

また、例えばシステム会社で、サーバメンテナンスを行うため家にPCを持ち帰り、土曜日の15分だけシステムを再起動させなければならない。その15分にはきちんと残業がつきますが、社員はその15分のために居酒屋にPCを持ち込むなと言われる。つまり、休日に飲みに行ってはダメということになってしまう。この場合、果たしてその15分だけが純然たる勤務時間だと呼べるでしょうか。

ですから、インターバル規制によって睡眠時間を確保することは、一定の効果があると思います。よく「若いときくらい、寝食を忘れて働くのも大切だ」と話す人もいます。あくまで「それくらい真剣に打ちこんで働こう」という意味なのでしょうが、それを本当に実行することが身体にいいはずはないわけです。

産業医 大室正志

ー医学的な観点からいうと、なぜ長時間労働は身体に悪影響を与えるのでしょうか。

働いているとき、人間の身体は交感神経が優位となっていて、緊張状態となっています。ある一定のストレスを受けている状態です。適度なストレスは心身ともに「張り」をもたらすのですが、これが必要以上に続くと睡眠時間の質にも影響して、「眠っているのに緊張が取れにくい」状態になります。まぁ、そもそも長時間労働では物理的に睡眠時間が削られますよね。これも人によって強弱ありますが、総じて身体に悪いことは確かです。

統計的には、残業時間が80時間を超えると過労死する確率がグッと上がります。ただ、だからと言って「70時間なら大丈夫」とはかぎらなくて、人によって耐えられる負荷は異なります。お酒でも「テキーラ2杯飲んでもケロッとしてる」人もいれば、「ほんの少しでダウン」する人もいるじゃないですか。

制度というものは、だいたい弱い人のほうに合わせるものです。ですから、労働時間について上限を設ける際にも、あまり大きな数値を政府の公式見解にはできませんよね。

ーハイパフォーマーのなかには、「時間的な制約をかけることでパフォーマンスが下がる」「夜になってからのほうが仕事がはかどる」という意見を持つ人もいます。大室さんから見て、そういった意見はどう感じますか。

そもそも僕の立場としては、人間が本気で集中できる時間はそんなに長くない、というのが前提なんです。医学的に言えば、脳は起床後13時間も使えば集中力の有意な低下を認めます。つまり、長時間会社にいてもどんどん集中できなくなっていくだけなんです。

文章や資料を作るとき、だいたい集中できなくなるとちょっと休憩しますよね。そんなふうに、気を抜きたいときに抜ける立場にいる人ならいいんです。多くの経営者はハイパフォーマーなことが多いですが、彼らは自分で働きやすい状況を選べる人なんですよ。自分で仕事のメリハリがつけられますからね。

「仕事の要求度・コントロール(JDC)モデル」というものが提唱されているのですが、仕事の要求度が高いのに裁量権や自由がないと、人はストレスを感じ、疲れやすくなるというもの。スマートフォンと一緒で、電波が弱いのにどんどんアプリを立ち上げて使っていたら、あっという間にバッテリーが減ってしまうじゃないですか。

ハイパフォーマーはいわば、「バリ3の状態で、シングルタスクで切り替えながらアプリを使える」人だということ。ほら、「踊る!さんま御殿」で(明石家)さんまさんはイキイキとしながら話題を振っているけど、座っている側は「いつ話題を振られても答えられるように」と必死じゃないですか。それと一緒ですよ(笑) つまり裁量権のない若手芸人は疲れやすい。会社も同じです。

産業医 大室正志

ーなるほど、分かりやすいたとえですね。

以前なら、労働集約型でたくさん人を集めて、やればやるだけ儲かっていたかもしれないけど、これからはかぎられた時間の中で集中して作ったものに付加価値が生まれるような仕事が増えていく。ビジネスの形自体が変わってきたのです。

その過渡期で、長時間労働を解消するため一時的に生産性が低下したとしても、今はそのまま長時間労働を放置するほうがマイナスが大きいのではないでしょうか。実際、日本電産の永守(重信)社長やファーストリテイリングの柳井(正)社長のように、自身は猛烈に働いてきた経営者でも働き方を変えようとしていますし、女性参画を促進する企業も増えています。

長時間労働、みんなで止めればこわくない

ー大室さんご自身、さまざまな企業を見てこられていると思いますが、長時間労働の起こりやすい職場にはどんな傾向があるのでしょうか。

外的な要因で時間の制約がある職場は起こりにくいんですよ。外資金融というと多忙なイメージがありますが、トレーダー部門は市場が閉まったらもう取引できない。こういう仕事は長時間労働にはなりにくい。けれども「自分で完成を決める職場」は難しい。

映像制作やデザインなどクリエイティブ系の職場はその最たるものだし、プレゼン用にひたすらパワーポイント作るような職場もそう。下書きやベタ打ちは2割の労力でできるけど、お客さまに伝えるための仕事で残り8割を使っている。スライドにアニメーションつけるとか、デザインにこだわるとか・・・ このあたりはデッドラインが決まっていたら省かれる部分かもしれませんよね。

ー今まで長時間労働が当たり前だった人にとって、いきなり働き方を変えるというのはハードルが高いように思えます。どういったところから始めればよいのでしょうか。

時間は100だけど、仕事は200与えられたとします。もちろん「そんな与え方をしない」「人を増やす」が望ましいことは言うまでもありません。

しかし、そうも言っていられないシチュエーションも現実的にはあり得ます。それをすべてこなそうと思ったら、解像度を下げる。もしくは優先順位をつけて、なにかを切り捨てなければなりません。その「重要でないこと」を切り捨てるというのが難しいんですよね。

日本人は「不安になりやすい民族」と言われますが、時間があればあるだけ使ってしまう。時間があるから際限なくやってしまうんです。それにまじめな人が多いので、クオリティを下げようとは思わない。で、根詰めて倒れてしまうというケースが多いんです。日本人は時間をきっちり守って、遅刻には厳しいけど、終了時間にはルーズなんですよ。

産業医 大室正志

いたずらに資料をキレイにまとめるのに時間と労力を費やすのではなく、例えば「とにかく伝わればいい」「今は完成系じゃなくてもいい」とその資料がどこまで要求されているものかを言ってあげないと。そこは上司がアウトラインを引くべきなんですよね。つまり、ポイントになるのは、上司が優先順位をつけること。本来、マネジャーの仕事の一つはリソースの最適配分。けれどもそれができる人が少ないんです。

日本人の場合、「これは捨てていい」と上司が明言しないかぎり、多くの部下は捨てません。上司は上司で、中間管理職として不安が大きいので、「念のためこれも用意しておいて」となってしまう。「ここから先はやらなくていい」「この仕事はこれくらいかかるよね。それならこれを優先してやろう」と明確に指示を出せるようにならないといけません。

—上司もそうですが、クライアントに求められることもありますよね。「社内を説得するためにこの材料が必要だから、これとこれも用意してほしい」なんて、前日に要望してくることも… そうなるとなかなか「NO」とは言えなくなってしまいます。

多くの企業で起こっていることですよね。ただ、クライアントが夜9時までの稼働を求めているからといって、その条件を飲んだら、他部署や外部パートナーがさらに深夜残業せざるをえなくなる可能性もある。だからもう、「いっせーの、せ!」でやらないといけないところまで来ていると思うんですよ。

今の状態はいわば「ムリゲー」。長時間労働しながら、子どもを育てて、親の介護もして… って、無理じゃないですか。産業医をしていて、私が最も業務効率や生産性のすごさを目の当たりにするのはワーキングマザー。本当に頭が下がります。子どもの送迎などから逆算して今日すべきことに優先順位をつけて行っていく。もう毎日テトリスのハードモードを延々と続けているような感覚ですから。

例えば、国が旗振り役になって始めた「クールビズ」など、当初は「ネクタイを締めないなんて失礼なのでは」と思われていたことでも、一斉にやってしまえば、なんの違和感もなくなったように、トップダウンでも「長時間労働をやめよう」と取り組みを始めればいいのではないかと思うんです。

製造業でもISOやHACCPなど、品質を守る国際基準があるように、労働環境に関する何らかの基準を設けてみるのもいいんじゃないですか。「その水準に達していない企業とは取引できません」というふうに。でも実際問題、徹夜して働かせたり、無理な労働体系で業務を行ったりしているような企業では、安全性が担保できないですよね。工場の安全管理と同様です。

産業医 大室正志

このご時世にもはやハイパフォーマーの論理は通用しない

—企業、あるいは取引先など、それぞれが一斉に制度面で長時間労働を是正していこうとするだけでなく、個人の意識改革も必要ですよね。

夫が早く帰ってくると、「なんだか邪魔」とぼやく妻、とかよく聞きますもんね(笑)「仕事人間」でバリバリやってきた人も家に早く帰ってきても「やることがない」みたいな。これはもうアイデンティティクライシスの一種です。まぁ、「ニワトリが先かタマゴが先か」じゃないですけど、それでもまずは「無理にでも環境を変える」ほうが、今の時代には合っているのではないでしょうか。

それに先ほど指摘した通り、ミドルマネジメントの役割に課題がある場合が多いですよね。ミドルマネジメント層の多くは、上司の言うことは「はい喜んで!」と多少無理してでも「NO」と言わずにやってきた人が多い。そういう人が出世しやすいのは、ある一定の理解はできます。一方、管理職になるとリソースを適正に計算し、時には要求に「NO」と言わなければならない。このとき「NO」と言うことは意外とストレスで、ただこれが言えないと部下にしわ寄せが行ってしまい、長時間労働に巻き込んでします。

このような長時間労働は経営者が「好きでやってる長時間労働」とはまったく別のものですし、徒労感が強く、部下からの信頼関係を削ぐことにもなりかねません。

産業医 大室正志

—上司の役割が重要になってくるということですね。「こういう発言をしがちな人は、本人が自覚していなくても職場に長時間労働を招きやすい」というような「上司のNGワード」はありますか。

何か特定の言葉がダメというよりは、発言とは文脈に依存することが多いんですよね。例えば、オラオラ系上司の「〇〇(さん)はもう帰っていいよ」は文脈によってまったく異なる意味になってきますよね。

よく日本は「ハイコンテクスト社会」と言われます。ダチョウ倶楽部の「押すなよ、絶対押すなよ」は「押せ」だし、(ビート)たけしさんが「バカヤロー」と言うのも、それは単に罵倒しているのではなく照れを含んだ愛情表現だったりする。これは良く言えば成熟したハイコンテクスト文化。悪く言うと、誰にでも伝わる言葉使いではありません。

多くの日本企業では、これまで主に体育会系のコンテクストが採用されてきました。だから「死ぬまで働け」と言われても部下も文脈を読んで「良い頃合い」で従ってきたわけです。僕はこのような間合いがはかれるサラリーマンのことを「ダチョウ倶楽部力が高い」と呼んでいるんですけど(笑)

でも、職場のダイバーシティが進んで、性別や国籍を問わず、さまざまな背景を持った人が共に働くことになれば、そんな言葉は通用しませんよ。ユニバーサルな言葉が必要だし、壁を越えていかなくてはいけません。なぜなら、労働者人口が減っているこのご時世、今から「男性の体育会系出身者しか採用しません」なんて、難しいじゃないですか。

よく「社会人として当たり前のことを守ろう」なんて言うけど、そもそもその「社会人」ってなんだろう、と。たいていの場合、自分自身が経験した範囲内での「社会人≒会社人」と言っているに過ぎない。ある会社ではそれが体育会系の論理だったりする。

ただ、今では朝11時過ぎにスケボーで出社して、短パン履いて仕事をしているような人が普通の会社員の100倍稼いでいることもあるわけですから。自分の中の「社会人の定義」にもバージョンアップが必要かもしれないとの謙虚さはあってもいいかもしれませんね。

中途半端に「俺の時代はこれができて当たり前だった」なんて、自分の成功体験を押しつけても、まったく意味を成しません。

産業医 大室正志

—とはいえ、今でも名の知れた企業の経営者が「好きで働いている」「仕事と遊びの境目なく、夢中で働いている」のに、それを制約するのはいかがなものか、と労働時間規制に反対する発言を行っています。きっと、その意見に賛同するハイパフォーマーも多いと思います。そういった人の「働きたい」という思いをどう消化していけばよいのでしょうか。

ベンチャー企業の経営者や創業者にもそういった人が多いですよね。往々にして、創業初期から数十名と過ごした時間が濃密で、それこそが成功体験になっている。ただ、そこから数百名、数千名と社員が増えていくと、「仕事は仕事」と割り切って入社する人も多くなっていきます。

僕が担当した会社でも、初期は「根っからの仕事人間」みたいな人ばかりで、黙ってるとやり過ぎてしまうメンバーの「働きすぎを止める」ために、強制的に20時に消灯することを始めました。すると、「どうやらあの会社は早く帰れるらしい」と噂が立って、皮肉なことにいつの間にか「20時できっちり仕事を終えて、すぐ帰れる」から入社したいという “草食系” の人ばかりになっていった。つまり、当初の制度の意味が変わってしまったのです。

では、何が「正解」なのか。それは時代とともに見極めていかなくてはなりません。何事もバランスなんです。ですから、私の意見も今この瞬間に対しての暫定意見です。もし今日本人の働き方に総じて何か言葉をかけるとしたら、「もう少し、早く帰ろう」が社会全体として「マシ」なんじゃないかと思うのです。

もちろん日本人が一部の国のように全然働かない雰囲気になって来たら「もうちょい働こう」と言うことが「マシ」になるかもしれませんが(笑)

—実際、長時間労働による問題が顕在化している以上は、何らかの対策を取らなくてはいけないということですね。

今回はある意味、チャンスですよ。なにが大事でなにが大事でないか、棚卸の契機になるといいですよね。

ホワイトカラーの優先順位をつけずにやってきたせいで、日本は世界的に見ても著しく生産性の低い国になっている。社外ならともかく社内会議の参加者すべてにお茶とプリントアウトした資料をズラーッと並べて用意するくらいなら、他にやるべきことがあるのではないかなぁとも思います。

今まで長時間労働を前提としたルールの中でハイパフォーマーとしてガンガン働いてきた人は、もしかしたら「時間当たりの生産性」で評価される時代には淘汰されていってしまうかもしれません。そうなる前に、時間は無限にあると思わず優先順位をつける働き方に変わっていくほうが、個人としても会社としても社会としても「マシ」なんじゃないか、そう考えています。

産業医 大室正志

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之

 

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