「誰か私のケアもしてくれ!」と嘆く会社の上司に産業医から伝えたいこと

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働き方改革、生産性向上の機運が高まる中、部下とのコミュニケーションやメンタルケア、業務配分の検討やKPI管理など、上司/マネジャーに求められるマネジメントの難易度はますます上がっています。

自身が若手だったころとはマネジメント手法も課題解決方法も異なり、参考になるロールモデルがいないと悩む人も多いはず。ストレスフルな状況下で、「誰か私のケアもしてくれ!」と嘆きたくもなるのでは?

自分自身が「心折れない」ためには、どうすればいいのでしょうか。以前、ワーキングマザーの働き方長時間労働問題について、産業医としての見解をお話いただいた大室正志さんに、今回は「上司のストレス負荷の軽減方法」について伺います。

産業医 大室正志

PROFILE

産業医 大室正志
大室正志
産業医
産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医を経て、現在医療法人社団同友会 春日クリニック 産業保健部門 産業医。現在日系大手企業、外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など約30社の産業医業務に従事

「デキる上司だと思われたい」とマウンティングしてしまう人たち

—上司の果たすべき役割はますます難易度が高くなっているように思えます。大室さんのご見解はいかがでしょうか。

今は「マネジメントだけしておけばいい」というような管理職はほとんどいなくて、実質的にたいていがプレイングマネジャーですよね。いわば選手兼監督。選手として優れているから、そのままマネジメント的な役割も担うようになった、というケース。

ただ、現実を見ても分かると思いますがこれをうまくやることは難易度が高い。管理職になったら仕事の配分バランスを変えないと、そのままマネジメント分の負荷が加算されるような形になってしまう。このやり方だと現場から足を洗えず、しんどくなってしまいます。

厚生労働省が5年に1回発表している「労働者健康状況調査」(2012年)によると、労働者の60.9%が仕事上の不安やストレスを感じていて、その原因第1位が職場の人間関係(41.3%)で、次に仕事の質(33.1%)と仕事の量(30.3%)。単純に仕事の量が増えれば、当然ストレス負荷が高くなります。

仕事の質の面でも、自分の若いころにはなかった仕事や職種がどんどん増えているわけで、上司自身もよく分からない例も結構多いんですよ。「デジタルコンテンツマーケティング〇〇局」なんて一昔前はなかったじゃないですか。

—下手すると「部下のほうが詳しい」なんてこともありますよね。

そう。でもプレイングマネジャーだと、アイデンティティが時として「監督」というより「キャプテン」になる。

キャプテンのアイデンティティは監督と違い、「選手として周囲より優秀」という部分です。だから時折「私のほうがうまい」「俺のほうができる」と部下に示したくなってしまう。これ、部下からすれば単なるマウンティングに見える。実際は部下とそこで張り合ってもしょうがないんですが・・・。

ある意味、今の管理職は昔ほど部下と距離のある立場ではない。それゆえの不安からか、人によってはかえって「分からない」とは言えず、弱みを見せられなくなる。優位な自分を演出しようと、場合によっては謎の全能感を醸し出そうとしてしまうんです。

産業医 大室正志

それと、そもそもマネジメントが向いていない人もいます。営業系の人に多いですけど、優秀な成績をたたき出して、マネジャーに抜擢されるケース。こういう場合は「NO」が言えない人が多いんですよね。

クライアントに対して「はい、喜んで!」と条件反射でオファーを受け入れて、「果たしてこの納期でできるだろうか?」と深く検討しない。撤退戦が下手というか、「NO」の選択肢は「ダメだ、縁起が悪い」となってしまう。

ポジティブなことはいいけど、ネガティブな考えは口にするだけでも言霊が宿るからダメ。これ、ある意味悲惨な敗戦に突き進んだ “旧日本軍” の考え方と同じなんですが、残念ながらいまだにこういう “気合至上主義者” は結構見かけます。

「元気があればなんでもできる!」は個人の心構えとしては良いかもしれませんが、自分自身の決定がチーム全体に多大な影響を与える管理職の場合、さすがに “それのみ” だとツライ。

実際、選択肢が「YES」しかないと、どんどん自分を追い込んで、悪循環に陥っていく。それが個人の問題だけならまだしも、中間管理職がそうだと、チームも部下も潰れます。

—働き方改革の文脈で考えても、一律に労働時間を削減しようとするばかりで、業務量や内容の精査までは落とし込めていませんよね。

人事部や上長から「もう少しチームの残業時間を減らしてくれないか」と言われて、解決策や妥協案も提示せずに、その言葉をそっくりそのまま部下に伝える。これでは中間管理職として信頼されません。チームで一緒に改善策を考えようとし、最終的には自分の責任でまた上長のボールを返す作業が必要です。

ただし、中間管理職の方は業務上でもプライベートでも負荷がかかりやすく、時に部下とのコミュニケーションが雑になってしまうことも、「気持ち」は理解できますが.・・・。

人間って、いかに課題設定が厳しくても、自分が納得して設定したものなら、なんとかやれるものなんです。けれどもマネジャーを務めている30〜50代には、今の時代、仕事だけでなくプライベートでも「親の介護」「子育てのトラブル」など、自分で設定したというより、不可抗力で舞い込んで課題が山積しやすい時期でもあります。

そうすると、元々のストレスの基本水位が上昇している分、仕事でのストレスがしんどく感じやすくなります。

「ケアしてもらえない」と嘆く前にできることがある

—上司として取り組むべき課題は山積していて、ストレスも上がる一方。それでも部下をマネジメントしなくてはならない。「一体誰が上司をケアしてくれるの?」とボヤきたくなるのも無理ないと思います。

そうですね。「気持ち」は分かりますが、「誰がケアしてくれるの?」という問いの前に、管理職であればまずは自分自身の環境設定を工夫してみる必要があります。

仕事の負荷は大きいですが、管理職であればその分、新人社員より多少なりとも環境を整える裁量権はありますので。

産業医 大室正志

実際、岡田(武史元)監督みたいなサッカー日本代表やプロ野球の監督のような、文字通り「リーダーの孤独」を感じるような管理職は稀です。多くの場合は中間管理職ですので、まだ “やりよう” はあると思います。

まず、自分のストレス負荷のかかり具合をモニタリングする方法としては、「休日の過ごし方」に着目すること。

気分転換にスポーツしたり、ロードバイクに興じたり・・・というのはまだいいんです。自分の好きな趣味をすることは、もっともストレス負荷のかからないことの一つですから。問題なのは、それすらもやる気が起こらなくなってしまっている状態。それほど消耗してしまっていて、疲労が蓄積されているということなのです。

—気分転換をしようとする気すら起こらないというのは、かなり厳しい状態ということなんですね。

ただ、これはあくまで目安の一つ。ストレス負荷が適切にかかっているのか、それとも危険水域にまで達しているのか、自身で境界線を見極めるのは難しいことは確かです。特にストレスの感じ方は人によって違いがあります。

例えば保守的な業界の大企業では、人事考課はミスが少ないという減点法で行われることが多い。これを常に監視されているとストレスに感じる方もいます。

一方で、一部のスタートアップ企業では多少勤怠などに問題があっても、それを帳消しにして、新しいビジネスを立ち上げることができるような人が評価される。これは言わば加点法ですが、こういう “自由演技” にストレスを感じる人もいます。

自分がどんなことにストレスを感じやすいかを知るには、友人や家族とも違う第三者的な存在としてカウンセラーを利用することも良いでしょう。

多くの大企業の場合、「EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)」というものがあって、基本的にはストレスや体調不良、依存症など個人的な健康相談から、仕事内容やハラスメント、コンプライアンスなど業務上の相談も含めて匿名で受けつけてくれます。もちろん産業医のいる会社なら頼っていただければいいですし、そういったものをぜひ活用してください。

私も年間を通してたくさんの中間管理職の方と面談しますが、実際に休職まで至る人のストレスレベルが90〜100点くらいだとすれば、すでに50点くらいまで達していれば、仕事量を調整するよう人事や上長に指導します。

上司の場合、なかなか自分で「一時的に業務を外れる」という判断を取りづらい。そういう時は第三者による客観的な判断をうまく使ってもらえればいいんです。それに、仮にその判断によって休職を余儀なくされても、ちゃんと現場に戻っている人はたくさんいますからね。

これからの時代に必要なのは「腹見せ上司」

—EAPや産業医に相談するほどのレベルに達する前に、ストレス負荷を軽減する方法は何かありますか。

産業医 大室正志

いちばんお勧めしたいのは、「腹見せ上司」になることです。あくまで、“たまには”、”時には“ ですが(笑)

今までの上司は、一家をまとめる父親的な振る舞いを理想としていた方が多いと思います。部下に多くを語らず背中を見せるというような。星野仙一さんとか、映画の中の高倉健さんのようなイメージでしょうか。

特に職人的な世界では、技術こそが絶対ですから、マネジメントがうまくできない人でも、その背中を追って部下はついてきてくれたわけです。ただ、こういう世界では弱みを見せることは良しとされなかった。

昨今ではこういったパターナリズム(父権主義)的な態度はよく批判されますが、自分の場合、批判する以上に、イマドキそのやり方だと上司のほうもしんどいなぁと心配が先に立ってしまいます。孤高で黙ってても人がついてきてくれるような圧倒的な上司なんて、滅多にいないじゃないですか。

ずっと圧倒的でいられる高倉健さんのような人はごくごく一握りです。そういう人は一生芸風を変えずに生きていける。ただ、きっと中尾彬さんも梅宮辰夫さんも、どこかで高倉健になることを諦めたと思うんですよ(失礼!)。そして映画スターという孤高の存在ではなく、バラエティ番組にも出るほうに回った。多くの人にとってこの後者の態度のほうが参考にすべき点は多いように思います。

職務経験を積んだところで明快な答えにたどり着けないような今の時代では、上司にも分からないことが多い。金型作り一筋30年という職人の師弟関係のような職場は今や少ない。部分部分によっては部下のほうが優秀なところもある。まずはここを認めることが重要です。

そんな現在の理想的な上司像といえば、「関根勤さん」です。十分にベテランで経験を積んで大御所であるにもかかわらず、ひな壇に上ったり、ノリノリで「細かすぎるモノマネ」をやって、時にはスベる(笑)あれこそ「腹見せ芸」です。難易度は高いですが・・・。

実際、ウッチャンやさまぁ〜ずなど、最近では上からマウンティングしない芸人さんの番組が軒並み視聴率が良いですよね。皆さん「上下関係を見せつけられること」に疲れているのだと思います。

産業医 大室正志

「自分も完璧ではない」と最初から期待値を下げておく。このほうが上司も “ラク” なんです。そうするとストレス負荷は軽減されます。もちろん、あくまで「完璧ではない」であって「ダメダメ」では困りますが(笑)

それでもやはり「時に腹も見せられる」は、自分を追い込まないために有効な手段な気がします。

—ただ、今まで完璧な上司像を追い求めていた人が、急に「イジられる」というのはプライドが許さない気がします。

確かに、急に「キャラ変」するのは難しいかもしれない。けれども、長嶋茂雄さんを思い出してみてください。スーパースターとして、「野球の神様」みたいに崇められながら、あれだけ珍プレー好プレーでイジられまくった人なんていない。イジられるのと尊敬を集めるのとは両立するんですよ。その偉大な先行事例があるじゃないですか。

むしろ「ナメられちゃいけない」と虚勢を張っているのがバレるほうが、「小さっ!」と部下に思われますよ。ミスを認められないのは、自信のなさの裏返しですからね。それに、ミスを認められない人こそ、ストレスを溜めやすいというのも事実なんです。

まずは、仕事とは関係ないプライベートなことからミスを認めて、話題にしてみるといいでしょう。「今日うっかり財布を忘れて、Suicaしかない」とか。自然にイジられキャラをやってる隣の部署の課長と絡んでみるのもいい。なんかこんな話でいいでしょうか?(笑)

産業医 大室正志

例えば、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士は、京都大学教授を定年退職する間際、よく学内のさまざまな分野の研究発表会に顔を出しては、バカな質問をしていたそうです。そうすると、「あの世界の湯川先生が、こんな雑な質問するなんて」と周囲も安心し、それが口火となって議論が盛り上がるんですよ。

「ごめん、今の議論にまったくついていけなかったから、もう一回お願い!」とかあえてバカなフリをすることで、若手も「あ、僕もそんな感じで質問していいんだ」とハードルが下がるわけです。

職人的な師弟制度を全否定するわけではありませんが、今どき「黙って私の背中についてこい」でいける職場は稀です。行き過ぎた自虐はそれはそれでちょっと嫌ですが、たまには自分をネタにジョークを言うくらいのほうが、部下から信頼を得られます。

働き方改革や生産性向上だって、部下に無茶振りするんじゃなくて、ファシリテーションして環境設定を一緒に考える。外側の制度だけ決まっても、業務レベルに落としこんだり、意識レベルで変えていくためには、上司も当事者として一緒に考えなければいけませんから。

デスクでワンコイン弁当を一人つつくのもいいけど、時には会議で一緒になった他部署の若手を誘ってランチに行ったりして、少しずつ腹を見せられる人を増やしておく。“普通の管理職” の方は「自分は高倉健になれない」と認め、期待値調整を行いながら、自らの「芸風」を作っていけばいいんじゃないでしょうか。

産業医 大室正志

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之

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