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INTERVIEW
「第一想起される人になれ」リンクトイン日本代表 村上臣さんが考える、これからのキャリアの築き方
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働き方に対する価値観が多様化する中、「定年まで一社で勤めあげる」というキャリアのあり方は当たり前のものではなくなりつつあります。転職や複業、あるいは起業も含め、あらゆる可能性を探っていきたいという方も増えているでしょう。

しかし、これだけ多様な選択肢があり、また時代の変化がますます激しくなる中で、自分のあるべき未来の姿を想像し、それに適うような選択を行っていくことは決して容易ではありません。

LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当) 村上臣

今回お話を伺うのは、2017年11月にヤフー執行役員CMOから世界最大のビジネスSNSを運営するリンクトインの日本代表(カントリーマネジャー)へと転身した、村上臣さん。村上さんは学生時代から複業や起業を経験、ヤフーという大手企業の執行役員という立場を40代にして手放し、グローバル企業へと飛び込んだ多様なビジネス経験の持ち主です

これまでのキャリア、その時々の決断、現在のお仕事についてお話を伺い、「これからは個人の時代」とも言われる、変化と競争の激しい時代におけるキャリアの築き方のヒントを探ります。

PROFILE

LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当) 村上臣
村上臣
LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当)
大学在学中にITベンチャー有限会社電脳隊を設立。電脳隊がその後統合された株式会社ピー・アイ・エムとヤフー株式会社の合併に伴い、2000年8月にヤフーに入社。エンジニアとして「Yahoo!モバイル」「Yahoo!ケータイ」などの開発を担当し、同社のスマホシフトに大きく貢献。2012年より4月より執行役員兼CMO(チーフ・モバイル・オフィサー)としてヤフーのモバイル事業の企画戦略を担当し、「爆速経営」にも寄与。2017年11月にLinkedInの日本代表に就任。

ヤフー執行役員の座を手放し、40代で転職を決断した理由

まずは、村上さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

キャリアをスタートしたのは、まだ大学生のころ。1996年の夏に大学の仲間とITベンチャー「電脳隊」を立ち上げて、主にガラケー向けサービスの受託開発をしていました(現在ヤフー代表の川邊健太郎さんも電脳隊時代の仲間)。

電脳隊時代
電脳隊時代

ですから、大学を卒業しても就職しないという選択肢もあったのですが、「一度は新卒採用のレールに乗っておこう」と思い、野村総合研究所に入社しました。が、1年経たずして辞めてしまいました。

理由は・・・ まあいいかなと思って。だけど、1年経たずして辞めるというのは、病気などやむを得ない事情を除くと当時、野村総研の最短記録だったようで、人事担当役員にまで呼び出されて、「お前は何なんだ」と叱られました。それで、電脳隊に戻ることにしたんです。

そうして本腰を入れるようになって、電脳隊はビジネスを拡大し、その後、2000年にヤフーに合併されました。それで、僕もヤフーに「一度目の入社」をすることに。

ヤフーでは開発部長として働いていたのですが、管理職だったので仕事がミーティングばかりになってしまい・・・ 自分では何もアウトプットをしていないことに焦りを感じました。「やっぱりモノづくりをしたい」という思いが日に日に強くなり、2011年ヤフーから一旦離れ、もう一度、自分でサービス開発や受託開発をする会社を立ち上げたんです。

ただ、退職後もヤフーとの関わりは続いていて、「ソフトバンクアカデミア」のプレゼン大会でヤフーの経営体制の問題点を指摘し、スマホ事業のアイデアを提案。それが認められたのを機に、2012年ヤフーに一年振りに出戻りしたんです。

ヤフー執行役員・CMO時代
ヤフー執行役員・CMO時代

ヤフーのスマホシフトをCMO(チーフ・モバイル・オフィサー)として加速することをまかせてもらいましたが、その仕事もある程度落ち着き、「そろそろヤフーでの自分の役目は果たしたかな」というのが、2017年でした。

そこで転職を考え始めたのですね。

はい。年齢的にもちょうど40歳という節目で、自分のキャリアをもっと幅広く考えてみようと、ヤフー社内も含めて、グローバルな職を探しました。そのタイミングで声がかかったのが、今のリンクトインです。

実は、転職のプロセスは非常に長かったんです。役員クラスの人と、「日本市場でのリンクトインの課題は何だ、どうすれば拡大できるか」と面接で話すんですが、それが何度も何度も続いて。

なかなか合否をはっきりと決めようとしないので、しびれを切らして、日本市場開拓のための戦略をスライド10枚分くらいにまとめて、担当役員に送ったんです。それでも焦らされるから、「もうこれ、無料(タダ)で持っていっていいから、これでおしまいね」と伝えたら、すぐに採用の連絡がきました(笑)

まあ、そんなことはありましたけど、役員や社長のジェフ(・ウェイナー氏)と面接でディスカッションすると、やっぱり実戦さながらの鋭い質問がどんどん飛んでくるわけです、僕にとっては「シリコンバレーからメジャーリーガーが出てきたぞ」みたいな。自分にはまだまだ伸びしろがあるなあと、痛感させられたんですよね。

LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当) 村上臣

それに前々から、「40代のうちにアンラーニングして、もう1度自分の中に新しいスキルやマインドセットをインストールしたい」とは考えていたんです。50代以降のキャリアも見据えると、今のうちにグローバル企業のエグゼクティブたちの仕事のやり方やシニアマネジメントに必要な能力を学んでおきたい、とも。

そんなことがちょうど重なって、また日本でも働き方改革が盛り上がり、リンクトインのビジネスにはこれから可能性があるとも感じましたし、それで転職を決めました。リンクトインならヤフーと競合にならないか、という僕なりの「お行儀の良さ」も手伝って(笑)

キャリアのオーナーシップは「会社」から「個人」へと移っていく

村上さんはこれまで、キャリアの節目でどのように決断されてきたのでしょうか。

僕は昔から、自分のキャリアのオーナーシップは、自分自身が持っていたいという思いがすごく強いんです。一度、ベンチャーを辞めて野村総研で新卒社員としてやっていこうと考えたのも、ヤフーに出戻りしようと考えたのもそう思っていたからでした。自分のキャリアは、自分の力で作っていかなければいけない、と。

きっと、学生のころからビジネスをして、自分で生活費を稼いでいたことも影響しているんだと思います。今の自分自身にどれくらいの価値があるのかを意識する場面は、昔から多かった。

起業した当時、村上さんのまわりには同じような感覚を持つ方が多かったのでしょうか?

いいえ、当時はまだ定年まで1つの会社で勤めあげるのが一般的。自分の将来像は「出世」という形で会社が示してくれて、そんな出世をするための教育、研修も会社がやってくれていましたから。「自分のキャリアは会社が作ってくれるもの」という考えの人が多かったと思います。

LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当) 村上臣

ただ、その考え方もここ最近は大きく変わってきましたよね。最近、第二新卒くらいの若い人たちと接すると、会社への帰属意識はほぼゼロ。僕は「ニュータイプが現れた」と言っているんですけど。

彼らは終身雇用なんて信じていなくて、自分でなんとかしないとまずいと思っている人が多い。では、彼らが何をモチベーションに働いているかというと、自己実現、自分と会社のカルチャーの相性、自分がどれだけ気持ちよく働けるかーー。

そうやって、キャリアのオーナーシップが「会社」から「個人」へと移り自分の時価総額を意識して上げていけば、自分が望む働く環境を手に入れられる時代が訪れているんだと思います。

同時に、会社と個人の力関係も変わり、個人は社内外を問わず「つながり」をつくりやすくなりました。そのつながりを活かして、自分の時価総額を上げられるようにもなってきているんです。

自分の価値を上げるのは「人脈」ではなく「ネットワーキング」

自分の時価総額を上げるうえで、どのような「つながり」がつくることが大切でしょうか。

「人脈」ではなく、「ネットワーキング」が重要です。

LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当) 村上臣

「人脈」と「ネットワーキング」・・・ どう違うのでしょう?

「人脈」というと、なんとなく薄暗いイメージがありませんか? ウェットな関係性で、仕事で何かトラブルがあった時に、合理的に考えればNGなんだけれど、「俺とお前の仲なんだからさ」と折り合いをつけようとする。飲み会の匂いがするというか、日本人的とも言えるかもしれません。

「ネットワーキング」は、お互いを高め合おう、一緒にビジネスを大きくしていこうみたいな明るい感じ。「こういうアイデアがあるんだけど、いいと思わない?」「いいね、電話会議しよう」「ここについてはあの人がライトパーソンだから、今呼んでしまおうよ」という感じで広がっていく。

社内外を問わず、「ネットワーキング」をすることはこれからますます重要になります。不確実性の高い今の世の中では、1社でできることは少なくなっており、ビジネスを拡大していくためには、パートナーシップを組む必要があるからです。

LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当) 村上臣

僕はヤフー時代の部下には、複業を勧めていました。複業を通じてネットワーキングすることで、自分の時価総額を知る機会にもなるからです。

1on1ミーティングをして、「最近行き詰まってそうだな」と感じた人には、僕がつながりがあるベンチャーに連れていき、「パートタイムCTOとして採用しない?」とつなげていました。

すると、「やっぱり大企業のエンジニアってすごい」なんて言われながら重宝されて、自分の価値を知ることができる。自社や大企業ではトライしづらいことを経験することで、本業と両輪で上手くまわるようになった部下もいました。

時価総額を上げ、個人の時代に「第一想起される人になれ」

このような人は時価総額が高いと言える、何か物差しはありますか。

僕はキャリアの相談を受けるとよく、「第一想起される人になれ」と言っています。何かあった時に、「あの人に聞いてみよう」「あの人だったらいいアドバイスをくれるかも」という存在になる、ということです。

LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当) 村上臣

そのためには、自分に自分の特技を「タグづけ」するんです。ここでも、自分の市場での価値、自分には何ができるのかを客観的に知る必要がありますし、さらに、まわりの人にも知ってもらえるよう働きかけなければいけません。

もしくは、1万人に1人の能力を持つ天才にはなれなかったとしても、100人に1人のスキルを3つ持って掛け算して、100万人に1人の人材になる。そういう勝負の仕方も、これからの個人の時代には有効かなと思います。

タグづけにしても、100万人に1人の人材にしても、自分らしさが起点。ですから、自分が楽しい、快適と感じられる環境で働くことはとても大切。僕も自分を捨てて、「仕事だから」と割り切ってがむしゃらに働いたり、「仕事は辛くて当たり前」と思っていた時期もありましたけど。

僕、「NASA」の話が昔から好きで。ある時、アメリカの大統領がNASAを訪れてトイレに立ち寄った時、モップで掃除している人に「あなたの仕事は何ですか?」って聞いたそうなんです。

そしたらその清掃員が、「私の仕事は人類を月に送ることです」って。凄まじい話ですよね、ヒューストンにいる人全員が「ソ連よりも早く人を月に送るんだ」って思っていたってことですから。そんな最高の環境で、働きたいし、つくってみたいですよね。

LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当) 村上臣

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[取材・文] 小山和之、岡徳之 [撮影] 伊藤圭

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