VOYAGEの経営理念はなぜ社員を突き動かすのか? 宇佐美進典さんに聞く

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「人を軸にした事業開発会社」を標榜し、インターネット領域で事業開発を繰り返しながら成長を続けるVOYAGE GROUP。現在はアドテクノロジー、メディア事業を主力としています。

社員は大きくは変わらず、それでいて事業は変わり、成長しつづける、まさに「学習する組織」である同社。ですが、過去には自分たちの「ビジョン」に価値を見いだせず、掲げていた言葉を取り下げたこともありました。

そんな同社が、新しく策定された組織の価値観を示す「CREED(クリード)」と、創業時の想い「SOUL(ソウル)」を表す言葉から新規事業が生まれる企業に蘇ることができた背景について、代表取締役社長兼CEOの宇佐美進典さんと編集長の三石原士が対談しました。

株式会社VOYAGE GROUP 代表取締役社長兼CEO 宇佐美進典

PROFILE

株式会社VOYAGE GROUP 代表取締役社長兼CEO 宇佐美進典
宇佐美進典
株式会社VOYAGE GROUP 代表取締役社長兼CEO
写真左。1972年愛知県生まれ。96年早稲田大学卒業後、デロイトトーマツコンサルティングなどを経て、1999年10月アクシブドットコム(現・VOYAGE GROUP)を創業。2005年から5年間、サイバーエージェントの取締役も兼務。2014年7月東証マザーズ、2015年9月東証一部に上場

成長ベンチャーVOYAGEが陥った「大企業あるある」

三石 学習し、成長し続ける組織作りに悩むリーダー人材の読者が多くいます。本日は宇佐美さんとVOYAGE GROUPの取り組みをお聞きし、ヒントをつかめればと考えています。

宇佐美 よろしくお願いします。

三石 まずは、VOYAGE GROUPの組織の成り立ちについて教えていただけますか?

宇佐美 創業は1999年、今年で18年目になります。創業当時は「アクシブドットコム」という社名で、懸賞サイトを手掛けていました。以来、インターネット関連の事業に取り組み、現在はアドテクノロジー事業とメディア事業が大きな二本柱です。

VOYAGE GROUPの沿革

三石 組織変革のターニングポイントは?

宇佐美 大きな変革をこれまでに二度経験しています。最初は2006年。機能別に分かれていた組織を、「事業部制」の組織に変えました。

三石 当時はどのような課題があったのでしょう?

宇佐美 外部要因としては、「Web2.0ブーム」。小さなチームで斬新なサービスをどんどん生み出していく時代へと変わってきていました。一方、当社は当時、120人くらいの規模になっていたのですが、営業やシステム、財務など、さまざまなチームが動いている中で、何をやるにしても「スピード感」が足りないという課題を感じていて・・・。

三石 時代が変化するスピードと組織の成長スピードとのずれが生じ始めていた。

宇佐美 そうですね。会社のあちらこちらで、「社内で調整します」という声が聞かれるようになっていました。実際、他社と比べてもウチのスピード感は明らかに遅かったんです。当時、ベンチマークとしてカカクコムさんを追いかけていたのですが、どんどん離れていく感じがしていて・・・。それに、業界を見渡せば次々とベンチャーが頭角を現し始めている。そんな危機感が、2006年頃はありました。

三石 特に「スピードが遅い」と感じられたのは?

宇佐美 「社内会議」ですね。参加人数がどんどん増えて、発言しない人も増えていました。「何それ、俺聞いていないんだけど?」と言う人も出てきて…。そうなるともう、会議の目的自体がずれていくんです。結果、「あの人に後で何か言われると面倒だから、とりあえず会議に入れておこう」という無意味な根回しが始まり、市場の変化にどんどん置いていかれてしまいました。

三石 成長ベンチャーが陥る、「大企業あるある」かもしれませんね。

宇佐美 今思えば、会社規模が急激に大きくなりすぎたことが原因だったと思います。当時の「クルー」(VOYAGE GROUPの社員のこと)の平均年齢は20代後半で、マネジメント未経験の人がほとんど。組織が拡大、複雑化する中で、マネジメントに当たれる人数がキャパオーバーになっていったのです。

株式会社VOYAGE GROUP 代表取締役社長兼CEO 宇佐美進典

元親会社、サイバーエージェントに学んだ「3つのこと」

三石 そうした背景、危機感があって、組織を機能別から事業部制にしました。良い方向へ向かっていきましたか?

宇佐美 はい。ただ、その形も2009年頃には限界が見えてきて・・・。組織に「強いカルチャー」を作っていく必要があると感じるようになったんです。

三石 それが第二の変革期ですね。

宇佐美 そうです。2005年から2010年まで、私は当時の親会社だったサイバーエージェントの取締役を務めていました。その頃ずっと考えていたのは、「ウチもサイバーエージェントも同じ頃に創業しているのに、この成長度合いの違いはどこにあるんだろう?」ということ。

三石 とても興味深いです。

宇佐美 取締役会など、サイバーエージェントの中に入って感じた大きな違いは3つでした。「採用」「ビジョンの共有」「言葉を大切にしていること」。真似できるものはどんどん採り入れていきました。

三石 まず、「採用」について教えてください。

宇佐美 サイバーエージェントで新卒採用に関わっているメンバーのモチベーションや労力は、ウチとそれは比べものになりませんでした。「これだけ圧倒的な手間とコストをかけてやっているんだ。ここまでやらなければ、優秀な人材を採れないんだ」と痛感しました。

それで、採用にそれまでの10倍の予算をかけるようにしたんです。ウチの価値観と合う人材に出会うために始めた、無人島を舞台に1泊2日の合宿形式で取り組む体感型ビジネスプログラム「Island」もその一環です。

ボトムアップで生まれた経営理念と価値観

三石 2つ目の「ビジョンの共有」というのは?

宇佐美 これが難しかった・・・。事業部制を敷いたがために、個別の事業部のビジョンを明確にすることはできても、VOYAGE GROUP全体としてのビジョンを描くことは難しかったんです。

三石 「大企業あるある」から脱するために行った、一度目の変革の功罪というわけですね。

宇佐美 はい。もともとビジョンを掲げてはいたのです。「シリコンバレーのベンチャーのように」というもので、しかし「シリコンバレーなんて知らない」とか「イメージはできるけどよく分からない」という課題がありました。

また、全体で共有する価値観を表す言葉も掲げていましたが、それも「好きな言葉をヨソから持ってきて切り貼りした感じ」がして・・・。「この言葉、どこかの会社で聞いたなあ」という既視感もありました。有名無実なビジョンであれば、いっそのこと無いほうがマシだと思ったんです。

三石 ビジョンを描き、それを組織で共有する難しさは、多くの企業、リーダー人材の悩みの種です。VOYAGE GROUPではどのようなやり方を?

宇佐美 思い切って、もともとのビジョンを取り下げました。「ビジョンがない」という状況がしばらく続いた後、「ウチも掲げたい」という声が社内で上がってきて。それで最初に、自社の価値観を表す「CREED(クリード)」を見直しました。

「挑戦し続ける。自ら考え、自ら動く。本質を追い求める。圧倒的スピード。仲間と事を成す。すべてに楽しさを。真っ直ぐに、誠実に。夢と志、そして情熱」。

その延長で、「やはりビジョンがほしい」という機運が社内で高まり、ビジョン策定プロジェクトを立ち上げました。

三石 価値観(クリード)が先で、ビジョンが後なのですね。しかも、そのどちらもが「ほしい」という欲求が高まってはじめて生まれたもの。それもボトムアップで。

宇佐美 そうなんです。ビジョンを作る過程においては、「クルーを巻き込む」ということを大切にしました。クルーたちと議論を続けているうち、「やはり全体で共有するビジョンを作るのは難しい。であれば、『経営理念』はどうだ?」となりました。そんなとき、あるクルーに「宇佐美さんはどうしてこの会社を立ち上げたんですか?」と聞かれたんです。

三石 それに対し、宇佐美さんは何と?

宇佐美 「そりゃもう、スゴイことをやりたいからだよ」。そしたらクルーたちが、「それです!」と。私たちは理念のことを「SOUL(ソウル)」と呼んでいますが、そうして作られた理念「360°スゴイ」は、まさに会社を立ち上げたときの気持ち、そのものなんです。

VOYAGE GROUPのソウルとクリード

経営理念を「社長が何か言ってるよ」にさせないために

三石 その理念を組織全体に浸透させなければならない。

宇佐美 はい。そのためには、理念の作成を単に「クルー参加型」にしても意味がない。いちばん大切にしたのは、「作った経営理念がクルーたちの普段の会話で使われるようになること」でした。そうでないと、「宇佐美さんがまた一人で何か言ってるよ」と他人事になってしまう。

三石 社員が自ら組織の理念を語れるか、それとも「社長が何か言ってるよ」という他人事とではまったく違いますね。

宇佐美 ですから、「ソウルの言葉、『360°スゴイ』やクリードを使う機会をどう作るか」、いつも考えています。新卒採用の説明会で、クルーがソウルを語るようにしたり。この場のようなメディアでの対談やインタビューの機会もまさしくそうです。

社内外で「何でこの会社を立ち上げたのか」「なぜ『360°スゴイ』というソウルを作ったのか」と聞かれ、それに答えることで、社内にあらためてソウルを発信することになっていきますし、私自身の中でも理解が深まっていきます。

また、このオフィスも理念を体現するよう設計しました。マスターコンセプトは、社名でもある新時代を切り拓く航海という意味の「VOYAGE」。6・7階の執務スペースを知力、資力を蓄える「母船」、8階を発見と出会いを繰り返す「航海の塔」と捉え、内装をデザイン。「オフィス」ではなく、「SHIP(シップ)」と呼んでいます。

三石 理念の共有のためにほかに行っていることは?

宇佐美 私たちは「座礁学」と呼んでいるのですが、過去に失敗した事業のケースを社内限定の本『失敗ヒストリーブック』にまとめて配ったり、プレゼンを行ったりしています。失敗の過程にこそ、組織のDNAは現れると考えています。

過去に失敗した事業のケースをまとめた『失敗ヒストリーブック』

三石 失敗を共有することも、価値観や理念の共有につながるのですね。クリード(価値観)やソウル(理念)ができたことで、組織にどんな変化が起こりましたか?

宇佐美 クルーの向かうべき方向が明確になり、それが社内のいろんな場面に反映されていきました。例えば、採用基準。どういう人がウチに合うのか、あるいは合わないのかを考える際に、クリードは一つの基準となりました。ものすごく能力が高くても、クリードに合わなければ採用しない、そんな判断軸ができたんです。

三石 逆に、クリードができたことによって評価が下がってしまう社員の方もいたのではないですか?

宇佐美 はい、退職してしまった人もいました。組織の価値観を押し出していくと、それに「合わない」と感じた人は自分から離れていきます。「自分がこの組織にいる意味」を、クルーがより考えられるようになりました。

組織にとって「言葉の力は大きい」

三石 最後に、サイバーエージェントから学んだことの3つ目、「言葉を大切にしていること」というのは? とても興味深いです。

宇佐美 サイバーエージェントの取締役会ではいろいろなテーマを議論します。例えば、「家賃補助制度」。中味の議論はもちろん大事なのですが、あの会社は「どんな名称にするか?」という議論にすごく時間をかけるんです。

三石 確かにサイバーエージェントの制度は、ユニークで覚えやすいネーミングのものが多いですね。

宇佐美 「中味半分、ネーミング半分」かと感じるぐらい。なぜそうするかというと、「どんなに良い制度を作っても、社内に浸透しなければ意味がない」と考えているからなんです。

三石 その影響を受けて、宇佐美さんが自社内でこだわり抜いたネーミングもあるんですか?

宇佐美 「ソウル」はまさにそうです。「理念」と呼ぶのとは何か違う…。「魂」という言葉のほうがしっくり来たんですよ。

三石 言葉の力は大きい。

宇佐美 はい。30人くらいまでの規模の組織なら、無理に何かを言語化しなくてもコミュニケーション量でカバーできます。しかし、それ以上の規模になるとそうもいかなくなる。

コミュニケーションだけで乗り越えられる時期を超えて、さらに組織が学習し、スケールし続けられるようにするためには、価値観や理念の言葉が大切です。

株式会社VOYAGE GROUP 代表取締役社長兼CEO 宇佐美進典

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[文] 多田慎介、岡徳之

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