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INTERVIEW
世界初、人工合成クモ糸の製品化に成功!スパイバー社長の人生を掛けるテーマの見つけ方
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成長を続けていくには大きな目標は必要。ただしあまりにも無謀すぎる目標や、自分の成長の単なる延長線上にあるような挑戦のしがいがない目標であればモチベーションは続かないーー。

人工合成クモ糸素材を開発するSpiber株式会社(以下、スパイバー)は、NASA、米軍でも無理とされていた「クモの糸」を人工的につくり、繊維に変える技術に挑戦し、着実に成果を上げています。クモの糸は鋼鉄の340倍強靭性が高く、あらゆる産業に応用可能なフレキシビリティーな素材であり、革新性を挙げればキリがありません。「これまでの石油由来の繊維を置き換えてしまう、100年来の “夢の繊維” 」との呼び声も高いです。

スパイバーの創業者、関山和秀さんは慶應大生だった2004年9月より、人工合成クモ糸素材の研究を開始し、これを事業化するため大学院在学中の2007年9月に会社を設立。2015年10月にはベンチャーキャピタル等から約96億円の巨額な資金を調達し、現在は産学官と連携しながら世界初の工業化を目指しています。

そのスパイバーの創業者である関山さんに「社会を変える革新的なテーマの見つけ方と実現させるポイント」を伺いました。

Spiber株式会社 取締役兼代表執行役 関山和秀

PROFILE

Spiber株式会社 取締役兼代表執行役 関山和秀
関山和秀
Spiber株式会社 取締役兼代表執行役
2001年慶應義塾大学環境情報学部入学、同年9月から先端バイオ研究室である冨田勝研究室に所属。2002年より山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所を拠点に研究活動に携わり、2004年9月よりクモ人工合成の研究を開始。これを事業化するため大学院に進学し、博士課程在学中の2007年9月、学生時代の仲間とともにSpiber株式会社を設立、代表取締役社長に就任。2015年9月にアウトドアジャケットのプロトタイプモデルを発表。

タフさは鋼鉄の340倍 “夢の繊維”が生まれた背景とは

ー身近な「クモの糸」ですが、繊維としての素晴らしさを教えてください。

人工合成クモ糸は、「史上最大」のポテンシャルをもつ持続可能な素材なんです。

そのタフさは意外にも鋼鉄の340倍。クモの糸の成分であるタンパク質は、20種類のアミノ酸の組み合わせにより多種多様な繊維を生み出すことが可能です。つまり、組み合わせを変えることで、非常に丈夫であったり、ニーズに応じた多種多様な素材へと形を変えられる、素材のプラットフォームなんです。

テーラーメイドで多品種少量生産でも低コスト化が可能という、工業化という文脈においても革新的。さらに、環境性にも優れていますので、将来的には金属やガラス、ナイロン、ポリエステルと同じように使われる時代が来るでしょう。

そうなれば、アパレル分野だけでなく、輸送機器分野、医療分野へも応用可能です。いまは、素材としての早期の普及を目指すべく、開発から市場への投入までの期間が比較的短いアパレル分野に注力しています。

 

ーすでに実用化の動きもあるようですね。スパイバーの2016年の最新の状況を教えてください。

今年一般の方が買えるモノとして、THE NORTH FACEさんとアウトドアジャケットを準備中です。昨年9月にプロトタイプ版 “MOON PARKA” を発表しましたが、私たちが開発を進めてきたクモフィブロインベースのタンパク質素材「QMONOS™」を使用しています。販売数は限られてしまうと思いますが、できれば今年のシーズンには販売できるようにしたいです。

THE NORTH FACEと共同開発中のMOON PARKA(提供 スパイバー)
THE NORTH FACEと共同開発中のMOON PARKA(提供 スパイバー)

ー人工合成クモ糸の開発はNASAも断念しています。

実は、これまで米軍を中心に世界の国で1990年頃から研究されていました。しかしうまくいきませんでした。理由は、微生物に遺伝子工学を使ってタンパク質をたくさん作らせる技術など、分野横断的かつ高度な技術を求められるからです。例にあげた遺伝子工学の技術だけでなく、糸にしてからも製品として実用レベルのものにしていくまでにさまざまなハードルがあります。

私たちはクモの糸の研究自体は2004年ぐらいから大学の研究室で始めたのですが、同じようにそれらのハードルを一つひとつ越えていかなければなりませんでした。しかし、大学の研究室では分野が限られているので、クモの糸を人工的に作ることはできますが、大きなものを作りたいとなるとその枠を超えてしまいます。

だから会社にして一つひとつ開発できる体制を整えたり、パートナー企業を見つけたりしてきました。みんな楽しんでやってきたので精神的にはそんなに大変ということはなかったですが、実はバイトと掛け持ちでやっていたので体力的には大変でした。

難題に立ち向かい続けられている理由

ークモの糸というテーマに出会ったきっかけは?

後輩で、取締役の菅原潤一と飲み会の席で「地球で一番強い生き物は?」という話になって、行き着いたのがクモだったんです。まだその頃は「伸ばしても切れにくいタフなクモの糸を実用化すればすごくない?」ぐらいの話だったんです。

 

ーそれほどの難しいテーマをあえて選ぶ踏ん切りがついたのはなぜでしょう?

少なくとも私自身はこの分野にたいへん興味があって、このテーマを選んでいるわけではありません。テーマはなんでもいいと思っていて、それよりも世の中の大きな課題や誰かが解決しないといけない課題に関心をもっています

その課題解決のために必要な研究開発や技術をそろえるという考え方です。いろんな発電システムなども考えていましたが、いろんなテーマがある中で、タイミングとうまくハマったテーマが生き残っています。

 

ーそれだけの難題、苦労もあったのでは?

スパイバーを創業して2年間ぐらいは資金繰りにさえ苦労しました。先ほども言いましたが、その頃はみんなアルバイトをしながら研究していましたね。私はロゴやウェブサイトのデザインをするアルバイトを実験の合間にやっていました。

当時は来月、再来月には資金的にピンチかもという時期がありました。そのときの精神状態はさすがによくない。チームもネガティブになっていきますし、元気がなくなっていきました。

役員はそういう状況はもちろん知っていましたが、ほかのメンバーには当時はあまり心配させないように、2カ月ぐらい前になれば「転職を考えてください」と言おうと思っていました。今週言おうかなというときもありました。

 

ー苦境のなか、よく挑戦を続けられましたね。

私は、究極的には幸せになるためには、世の中が幸せにならないといけないと思っているんです。しかし現在は地球環境で吸収しきれないぐらいの消費をしているし、その消費量はものすごい勢いで加速していくのはたしか。このままいくとテロや戦争が起こるリスクが高まります。

一方でその危機感とは裏腹に、いまどういう行動をみんながとっているのかというと、それにつながる行動をしているひとは少ない。その状況はまずいと思っています。ですが、自分自身が情報を発信したところででも響かないので、自分が行動していくのが一番だと思って、いまの事業に取り組んでいるんです。

スパイバーにはこのような考えに共感してくれる、まじめなひとが集まっています。世の中の課題を解決しないといけないという思いや言葉が会話の中から日々出てくるところから感じますね。創業メンバーだけでなくジョインしてきたひとたちからもです。

スパイバー社開発の人工クモ糸繊維(提供 スパイバー)
スパイバー社開発の人工クモ糸繊維(提供 スパイバー)

最後は、タイミング

ーほかに関山さんの支えになっているものは?

本質的に世の中に価値があることができるかに関わらず、何かやってみると評価してくれるひとがいます。私にとっては研究室の恩師である冨田勝教授です。そうして評価してくれるひとがいる手前、やめられなくなりますし、責任も伴います。するとやってみたことに対するコミットメントが大きくなり、成果も出てきて、支援したいひとももっと出てくる。

これはまだ起業する前、最先端のバイオテクノロジーを使った事業を起こそうと考えて、アメリカで経営学を学んででから起業しようと考えて相談したところ、冨田教授から「ビジネスのことなんかは、自分でシーズをつくってから学べばいいじゃないか」と叱咤されました。

実際、人工合成クモの糸が実用化されビジネスになる可能性があるかなとみんな思い始めたのは、それからだいぶ先のこと。微生物に作らせて糸っぽくなってきたというレベルになった頃のことでした。それまで、あの言葉をかけていただいたこともあって、試行錯誤を続けられたんです。

ただ、そのテーマが本質的に価値があることでないと長続きしないとは思います。冨田教授が本質的な価値を生み出すことが大事だとずっと言われていて、お金でお金を生み出すことに対してすごく否定的な方でした。そういう価値観が自分のいるコミュニティでは当たり前だったので、良い環境で育ったなと思います。

 

ー最後に、人工合成クモの糸の製品化の実現に欠かせなかった要因は何だと思いますか?

一言で言うと、タイミングですね。私たちが研究を始めるのが早すぎれば基盤となるようなバイオテクノロジーが発達していなかったと思いますし、逆に遅すぎればほかの海外のチームにイニシアティブを握られていたと思います。

1990年頃に米軍の研究がうまくいかなかったのは、当時の技術はいまと比べるといろんな面で桁が違ったからです。あれから技術は飛躍的に進歩しました。このテーマに過去に挑んだ多くの研究者の知見がたまったからこそ。ラッキーでした。

これからも私たちは、クモの糸をはじめとした構造タンパク質素材の実用化や産業化を進めていき、一人ひとりの存在の価値や意義を最大化しながら、お互いの信頼関係を大切に、本当に価値のある事業を構想・実現していきたいと思います。

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[取材・文] 狩野哲也、岡徳之

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