会社に訴えられることも・・・ 副業を始めるなら必ず押さえておくべき「法律の観点」

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働き方改革の一環として、政府は副業・兼業の促進に向けた検討を進めています。厚生労働省内に「柔軟な働き方に関する検討会」を設置し、企業が就業規則を作る際の参考として示している「モデル就業規則」の見直しに着手。年度内にも事実上の「副業解禁」となる見込みです。

こうした動きを受けて、「自分のスキル・趣味を活かして実際に副業を始めよう」と考えている人も多いのではないでしょうか。しかし、以前から副業に取り組んできたビジネスパーソンの中には、副業のことで会社と揉め、中には訴訟にまで発展したケースもあるといいます。

そこで今回は、「解禁」によって副業への縛りが緩むとはいえ、必ず押さえておくべき「副業に関する注意点」について、柔軟な働き方に関する検討会のメンバーで、副業に詳しい森・濱田松本法律事務所の荒井太一弁護士に「法律」の観点から解説していただきました。

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一

PROFILE

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一
荒井太一
弁護士/森・濱田松本法律事務所
主に労働法・訴訟・M&A・危機管理案件を取り扱う。典型的な労働法に関する紛争案件のほか、M&Aにおける従業員の取り扱いをめぐる法律問題が得意。副業と労働法の関わりについても詳しく、厚生労働省 柔軟な働き方に関する検討会委員も務める。

そもそも会社に副業を禁止する権利はない

副業の現状から教えてください。

日本企業に勤めながら副業をやっている人は極めて少ないのが現状です。私も参加させていただいた厚労省の「柔軟な働き方に関する検討会」の調査によれば、副業をやっているのは労働者全体の4%に過ぎません。

なぜそこまで少ないかといえば、会社の就業規則や雇用契約で副業を禁止していることが一般的だからです。ということは、副業をやっているという4%の人も、おそらくほとんどが会社に黙ってやっているケースだろうと思います。

ところが、法律的に見ると話は違います。労働法の観点からは、原則的に会社に副業を禁じる権利はありません。就業時間外に何をやっていようが自由というのが基本的な権利に関する考え方。だから会社がそれを禁じるというのは、本来おかしいのです。

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一

つまり、法律的には正しくないのに、企業も労働者も「副業はダメ」ということを何の疑問を抱くこともなく受け入れてきたのが、日本社会のこれまでということになります。

会社に黙ってやるとなると、それがトラブルにつながることも?

もちろんです。法律的にはOKでも、就業規則に反しているためにトラブルにつながったというケースが過去にはあります。

裁判まで発展したケースでいうと、就業時間後の夜間にキャバクラで働いていた、運送会社の運転手が週末にタクシードライバーとして働いていたなどを理由に、本業の会社を解雇されたということがありました。裁判では、この解雇が正当なものかどうかが争われることになりました。

ホワイトカラーの仕事でも、裁判沙汰にこそなってはいませんが、自分で別の会社を立ち上げ、YouTubeに動画をアップして本業の会社に咎められたという事案も。最近は小さいビジネスを簡単に始められますから、トラブルにつながりやすくなっています。

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一

「解禁」で何が変わりますか?

今回の「解禁」は、これまで裁判所が常々言っていた「原則、会社は副業を禁止できない」ということに、モデル就業規則を改定することで、政府が足並みをそろえたという形になります。それにより、これまでよりずっと副業をしやすい環境になることは確かでしょう。

とはいえ、各企業がモデル就業規則を採用しなければならないという法的な拘束力はないですから、依然として就業規則で副業を禁止する企業もあるはずです。なので、「就業規則に反するから」ということで、前述した2例のようなトラブルに陥ることは今後もあり得ます。

もちろん、会社とトラブルになって解雇になることと、それが法律的にも有効な解雇であるかどうかは別の話です。しかし、会社は副業を禁止できないという原則には「例外」もあります。それには気をつけなくてはなりません。

副業を始める際に気をつけるべき「4つの例外」

どういったことが「例外」に当たりますか?

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一

今回改定したモデル就業規則にも、その例外を明記しています。例外には、大きく分けて次の4つがあります。

  1. 本業での労務提供に支障をきたする場合
  2. 企業秘密を洩えいする場合
  3. 会社の名誉や信用を損なったり、信頼関係を破壊したりする行為がある場合
  4. 競業により、会社の利益を害する場合

(1) の点で、前述の2つの事案は異なる結末を迎えました。前者のキャバクラのケースは、夜間に6時間も働いていれば本業に支障が出るということで、解雇は合理的だという判断に。一方で後者の運送会社のケースは、年に1、2回タクシーを運転する程度では本業に影響はないということで、解雇は無効という判断になりました。

しかし、特に気をつけなければいけないのは、(2) の企業秘密と (4) の競業避止に該当しないかどうかです。

副業をやるとなったときには、本業で培ったスキルやノウハウを生かしてという人が実際には多いはずです。そうした際に (2) や (4) に該当していると、それは会社に大きな迷惑をかけることになってしまい、理論上は懲戒解雇ということもあり得ます。

もちろん、どこからが秘密情報なのか、どの企業が競業にあたるのかの線引きには、難しい面があるのは確かです。この点に関しては、今後副業解禁の流れが本格化した際に、あらためて議論されることになるでしょう。

人脈についても同じです。ある人とのつながりが個人のものなのか、それとも会社のものなのか、その線引きは難しい。たとえ会社の仕事がきっかけで知り合ったとしても、Facebookでつながれば個人的にも親交を深められるわけです。その人脈を副業で活かすのを本業の会社が制限するのは現実的に不可能ですよね。

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一

各企業としても、自社が考える企業秘密とは何か、人脈は誰のものか、どういったものを競業と考えるのかといったことをあらためて見直し、管理体制を改める動きが出てくるでしょうし、当然そうする必要があるかと思います。

リスクもあればベネフィットもある。副業は自己責任

副業先での労働者の権利についてはどのように考えればいいでしょうか。例えば、社会保険料の負担や労災補償などはどうでしょう?

そうした課題があるということは認識しているものの、正直なところ、厚生労働省の検討会でも制度改正にまでは踏み込んでいないというのが現状。労災も課題として指摘されている問題の一つです。

例えば、本業で月15万円、副業で5万円稼いでいる人がいたとします。副業で事故が起きて働けなくなったとすると、現状、補償されるのは副業の5万円分だけ。実際には本業でも働けなくなるから収入の20万円が丸々失くなるわけですが、本業分の15万円は補償されない。それをどう考えるのかは、政府の中でも引き続き検討されているところです。

もちろん労災保険制度が広がり、本業も副業もあわせて補償が行われるという制度になればベターだとは思いますが、この15万円が補償されなければならないかと聞かれれば、個人的には必ずしもそうでもないのでは、と思っています。

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一

本業に穴を開けたことで、逆に訴えられる可能性は?

休職期間内に治癒しない場合など、解雇されるということもケースによってはあると思います。なぜなら、本業の会社からすればそれは、週5日、労働時間8時間という労働契約の不履行ということになるからです。

そのリスクが嫌だと思うなら、副業はすべきではないということになるでしょう。副業というのは誰かにやらされているものではなく、自分の責任で行うもの。本業のほうから見れば、プライベートで遊んでいて怪我をしたのと何も変わらないと言えます。

もっとも、こうした議論はリスクにばかり目が行きがちですが、一方で副業で稼いだ分のお金は自分のポケットにそのまま入るわけです。そのリスクとベネフィットを天秤にかけて行動するというのが当然ではないかと個人的には思います。

副業は、日本人のキャリア観をアップデートするか?

「解禁」で副業をOKとする企業が増えるかといえば、いきなりは難しいでしょう。

日本企業にはこれまで、「終身雇用」と称されるような長期雇用を保証するほか、給料の他にも「家族手当」が支給されるなど、良くも悪くもまさに「家族的なところ」がありました。企業側からすれば、労働の対価として給料を払っているというより、社員の人生を丸ごと面倒を見ているという感覚が強かったのだと思います。

その意味では、副業というのはそれに対する「裏切り」のように見えるので、なかなか副業を推進する気になれないというのも、心情的には理解できます。

しかし、ポスト産業資本主義の時代になり、ビジネス環境が激しく変化する時代において、その日本型雇用が前提としていた「長期雇用保障」が、いまや信じられなくなってきています。アメリカのように雇用保障をなくしてしまい、完全に雇用を流動化させてしまえば、新しい産業、強い産業に人がどんどん流入していくなどメリットもあるかもしれません。

けれども、これまでの日本企業の労使関係というのは、アメリカの企業がそうであるほどドライではない。大企業に勤めている人がみんな、安定した環境を捨てていきなり辞めてベンチャーへ行くとは思えないし、企業側としてもそうなってしまっては困るでしょう。

だから、今回の副業解禁というのは、ポスト産業資本主義時代における日本型雇用の「折衷案」、または見方によれば「進化版」「バージョンアップ」のようなものと考えています。

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一

大企業に勤めながら副業としてベンチャーも手伝うというような人が出てくれば、産業全体をマクロで見たときには、成長産業にも部分的に人が集まって活性化するし、働く個人としてもいきなり安定した環境を手放す必要がない。もちろん大企業側にも、個人が副業で培ったスキルや人脈を活かせるというメリットがあるように思います。

働く個人も意識を変えていかなければなりませんね。

その通りです。雇用の流動化がどんどん進んでいけば、これまでのように「いい大学を出て、いい会社に入れば、あとは会社の言うがまま」というキャリア観ではやっていけなくなります。日本企業ではこれまで、自分が希望する通りのキャリアを歩めるケースというのは極めて稀でしたが、この副業解禁を機に、個人個人が自分のキャリアを主体的に考えるようになっていってほしいと思います。

いきなり新しい人生観、キャリア観にアップデートすることは難しくても、副業という選択肢が増えることによって、今のキャリアをただ続ける以外の道もあるのだということに気づけるのではないでしょうか。

今回の「解禁」はあくまで環境整備です。交通ルールがいかに走りやすく変わったところで、そこを走る人が依然として20キロでノロノロ運転していたのでは何も変わりません。副業することでうまくいった事例が出てきたり、少しずつでも副業のメリットを一人ひとりが実感することで、こうした意識の変革が徐々に広がっていくことを願います。

弁護士/森・濱田松本法律事務所 荒井太一

[取材・文] 鈴木睦夫、岡徳之

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