金・地位・名誉でなぜ人は満たされない? 仕事を通じて幸せを得る方法

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社員を幸せにできない企業は、これから生き残れない。だとすれば、「幸せのメカニズム」を知ることがこれからのリーダーには必要です。

こう語るのは、「幸福学」研究の第一人者である、慶應義塾大学大学院の前野隆司教授。最近では、「社員の幸福度と業績は比例する」という研究結果もあり、海外の先進的な企業は「経営のツール」として幸福学を取り入れ始めているのだとか。

そんな前野さんは、異色の研究者。元々は機械工学や脳科学が専門。キヤノン、カリフォルニア大学客員研究員、ハーバード大学客員教授など、本人の言葉を借りれば「遠回り」を経て、工学博士ならではのアプローチで「幸せ」を研究しています。

では、ビジネスパーソンにとっての「幸せ」とは何でしょうか。どうすれば、幸福度を高め、企業の業績を挙げていくことができるでしょうか? 研究を踏まえた幸せの定義や、幸福度を高めるための実践的な方法について伺いました。

高い報酬や出世を果たしてもなぜか満たされない、仕事を通じた幸福なんて幻想だと感じている、もしくはまわりにそう悩んでいる人がいるという方、必読です。

PROFILE
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野隆司
前野隆司
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

1962年山口生まれ。広島育ち。1984年東京工業大学卒業、1986年同大修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。2011年より同研究科委員長兼任。著書に『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社)『幸せの日本論 日本人という謎を解く』(KADOKAWA)など

金・地位・名誉によって得た幸せは長続きしない

—「幸せ」というのは哲学的な概念のように思えますが、前野さんは機械工学や脳科学の研究を経由して「幸せのメカニズム」を解き明かしているのが興味深いですね。

もともと幸せの研究をしたかったんですよ。けれどもやりたいことでなく、得意なことで大学や学部を選んでしまったのが、「遠回り」のもとだったかもしれませんね(笑)

30年経って、ようやくやりたいことにたどり着けたようなものですよ。企業から大学に移って、始めは「笑うロボット」を開発して幸せの仕組みを知ろうともしました。

そんなこんなで遠回りしたおかげで、現在のような「体系的なメカニズムが存在するのではないか」という工学的スタンスから幸福学を研究できるようになりました。多様な経験のすべてがまったく無駄ではなかったと思うので、結果としては良かったのですが。

—そもそも「幸せ」とはどういうものと言えるのでしょうか。

幸せにもさまざまなものがあります。「Happiness」は人生単位での長期的な幸せと「食事がおいしい」など短期的な幸せ、どちらも表すものです。

私自身が興味を持っているのは、人生における幸せをいかにして得られるかについてですね。スタンスとしては、幸せの形は多様だけれど、それに至る基本メカニズムは共通している、と考えています。

—働くという観点から幸せを考えると、成果を挙げることで地位が向上し、インセンティブを得られるということも幸せの一つだと思います。けれども、それではなんとなく「満たされない」という思いを抱えている人もいます。これは一体どういうことなのでしょうか。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野隆司

仕事によって得られる金・地位・名誉などは、短期的な幸せの象徴のようなものです。そしてこの短期的な幸せというものは、もともと長続きしないように、人間の心はできています。

なぜならこれらは人と戦って、勝った結果得たもの。次に備えなければ、また新たな脅威がやってくるかもしれません。ですから、「まだ足りない、もっと欲しい」と求め、いつまで経っても満たされないように、脳ができているのです。

一方で長期的な幸せというのは、人びととのつながりやコミュニティ、共同体を通して得られる幸せ。利他的に求めるものといえます。これは安定的に幸せを感じられます。自己保存ではなく、自分たちの集団の遺伝子を残したいという本能に基づいていますので、安定的です。真の幸せはこちらであると言えるのではないでしょうか。

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンという行動経済学者は、「フォーカシング・イリュージョン」という言葉を提唱しました。「長続きしない幸せばかりを追い求めている哀れな人間の姿」という意味です。

今は、特に若い人があまり地位や金を求めなくなってきています。それだけを求めるのは時代錯誤で、大切なのは人とのつながりから得られるもの、つまり「関係性」だと、暗黙裏に気づいているんだと思います。

海外では、そんな個人の幸福度と企業での業績は比例するという研究結果もあるんです。家庭や職場で過ごす毎日が充実していると、欠勤率や離職率が低く、生産性や創造性が高い。

幸せな人は、会社に貢献できる人材ですから、欠かせない戦力として頼られたり、感謝されたり。そうしてますます人とのつながりを感じられるようになるんですね。そうやって人が幸せを感じられるのには「メカニズム」があるのです。

幸せを感じやすい人が持つ「4つの心的因子」とは

—個人の幸せが、企業やひいては社会にも幸せをもたらすのですね。だとすれば、長期的な幸せを見いだせるように思考転換を図りたいものです。どうすればよいでしょうか。

まず、短期的な幸せと長期的な幸せ、それぞれを心理学的に整理しましょう。イギリスの心理学者であるダニエル・ネトルの視点を用いると、これらは「地位財」「非地位財」とに分けられます。

前者が周囲との比較によって満足を得られるもの… 社会的地位や所得、物的財とすれば、後者は周囲との比較とは関係なく幸せが得られるもので、社会への帰属意識や良質な環境、自由や自主性、愛情や健康などといったものです。

人は本能的に、地位財を求めてしまうものなんです。いわば目の前にぶら下がったニンジンですから。これを無理に諦めるというのではなく、非地位財も含めていくつかある柱の中でバランスが取れるようになれるといいでしょう。

地位財と非地位財

そのためには、信頼の置ける友人関係を築いたり、ワクワクすることを始めたり…「自分はどうすれば幸せなのか」ということを知ることが大切。バランスのいい食事を摂るとか、適度な運動をするなどといった健康を保つ方法が分かっていると、健康体でいられるのと同じです。

知ることで自らの行動が変わり、よりレジリエンスを高めることにもつながります。

—とはいえ、非地位財は一見して、仕事と直接関連しないように感じられます。これを重視することが仕事にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

私を例に挙げましょう。若いころは「ロボットの分野で一番になるぞ」と野心を持っていました。地位財型の幸せを目指していたわけです。

だけれど、キヤノンから出て、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学、慶應義塾大学大学院に所属したとき、また著書を出版したとき、それぞれが大きな転機となりました。

一番になっても、それだけでは満たされない。むしろ、自分の専門外のさまざまな分野の人と新たに知り合い、そこからワクワクやりたいことが芽生えていくことの豊かさに幸せを感じました。また、好奇心が想定外な方向に結びついて、今につながりました。やはり、非地位財が、大きな幸せにも仕事の展開にもつながっていたと思うんですよね。

働く上で幸せを感じるのは、自分がやりたくて仕方がない仕事…「これは自分の天命だ」と思えるクリエイティブな仕事を通じて、新しい人と出会い、その出会いを通じてまたやりたくて仕方がない仕事を見つけ… という連鎖が動き出すときだと思うんです。

若いころは瑣末な仕事も多くて、自分のできる範囲も大したことなかったりしがちですけど、長い社会人人生を考えれば、社内にかぎらず多様な知人がいたほうが、仕事も高度になります。

かといって、若いうちから人脈ばかりを追っていくのも違うし、「清貧であれ」とさとり切った姿勢もまた違和感がある。素直に金も地位も求めつつ、長期的な人生設計を見据えた上で、信頼が置けてワクワクする人間関係を築いていくというのがいいと思います。

「短い幸せと長い幸せのバランスを取りましょう」
「短い幸せと長い幸せのバランスを取りましょう」

—「長い幸せ」を感じられる人の資質や行動に共通点のようなものはありますか。

長期的な幸せを感じられる人には以下のような4つの因子があります。

(1)「やってみよう!」(自己実現と成長)因子

 …自らの強みを活かし、社会的要請に応えて成長しながら自己実現を果たしている

(2)「ありがとう!」(つながりと感謝)因子

 …人とのつながりを尊重し、感謝や親切心、愛情を持って人の役に立ちたいと思っている

(3)「なんとかなる!」(前向きと楽観)因子

 …楽観的で失敗してもくよくよせず、自分を認めながら積極的に周囲と関わっている

(4)「あなたらしく!」(独立とマイペース)因子

 …自分と周りを比較せず、自らの信念を貫いている

これらは日本人1,500人へのアンケート結果を多変量解析することによって得たものです。人とのつながりなど非地位財に関連する幸せを感じやすい人はこれら4つの因子いずれも高いポイントを示すのに対して、幸せを感じにくい人はいずれも低く、ネガティブ感情が高いのが特徴です。

人格特性や主観的幸福の約50%は先天的に遺伝によって決まっているという研究もありますし、日本人は「心配性の遺伝子」を持っているという研究もありますので、日本人は楽観的に考える「なんとかなる!」因子が弱い民族ではありそうです。

けれども、だからといってイノベーションを起こせないのかというとそういうわけではありません。松下幸之助や本田宗一郎といった先人たちがいるじゃないですか。リスクを取るのが苦手なら、失敗を許容しチャレンジを応援してくれる組織があれば挑戦できるし、資金調達に協力してくれるような人間関係を築いておけばいい。

先天的に変えられない部分はありますが、残りもう半分は変えられるということなんですよ。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野隆司

脳を「だまして」幸せにすると本当に幸せになれる

—では、後天的に幸せを感じやすくなるよう自分を変えるにはどうすればよいでしょうか。

それには「メタ認知」が重要となります。

喜怒哀楽を感じている自分を、さらに上のレイヤーから俯瞰しているようなイメージです。自分が物事に対してどう振る舞っているのかを冷静に見ることで、楽観的に考えたり、前向きにやってみようと考えたりできるように、心の癖を改善していくのです。

やはり、思い詰めるとなんとなく視野が狭くなって、細かいところが気になって、また同じ失敗を繰り返してしまったりするじゃないですか。前向きで楽観的な人は物事を俯瞰する目を持っていて、全体像を見据えた上でリーダーシップを取れるものです。

ただ、なかなか自分を客観視できなかったり、つい冷静さを失ったりして、メタ認知が不得意な人もいます。その場合は、だまされたと思って試してほしいのが、「ちょっと上を向いて、大股で歩いてみる」です。そうすると幸せになれるという研究が実際にあるんです。

目線をいつもより5度くらい上げてみると、視野が広がって遠くの景色が見えてくる。研究室でもやってみたら、ほとんどの学生に効果がありました。ある暗かった学生は、翌週に晴れ晴れとした顔で「気分が良くなりました!」と報告してきました。

他にも、「鏡の前で口角を上げてみる」とか、「大声で笑ってみる」とか、「大げさに色々なことを満喫してみる」とか、いろいろあります。脳って意外とだまされやすいんです。

「そうそう、こうやって口角を上げてみるだけ」
「そうそう、こうやって口角を上げてみるだけ」

寝る前に「今日一日にあったいいこと」を3つ書き出したり、感謝の言葉をFacebookに書いてみたり、いざというときに頼れそうな人を書き出してみたり…自分の強みや長所を書くのもいいでしょう。文字として書かれたものを見ると、それだけで脳は安心するんです。

ただ、幸せを感じにくい人は、書けることが見当たらず、かえって落ち込んでしまうかもしれない。そういう場合は、友人などとペアになって、お互いの良いところを褒め合うんです。そうやって自己肯定感を高めるのも一つの方法です。

主観的でもなんでもいいから、自分の得意なことや楽しいことをやってみると、だんだん幸せを感じる因子は高まってきます。どれか一つを鍛えると、総じて他の因子もついてくるものなんだと思います。

—そのようにして楽観的になった上で、幸福度を高めるために仕事上の人とのつながりをよりよくする方法は何かありますか。

上司や同僚に苦手な人がいると、それだけで頭がいっぱいになりますよね。もし原始時代だったら、それは危機回避能力として必要だったんだろうけど、今は嫌いな人が直接危害を加えてくるわけじゃないですから(笑)

その場合、「傾聴」を身につけるといいですよ。相手の話を「へー!」と思いっきり面白そうに聞くこと。相手の話したいことを話してもらえるように、共感的に聞いていると、だんだん面白いところが見えてくる。すると相手も「自分に興味を持ってくれている」とのってくる。不思議と苦手な人も好きになってくるんです。

上司、部下、取引先、普段接している相手をあらためて純粋な目で見て、懐に飛び込んでみる。すると、だんだん相手の態度も変わってきます。そうやって前向きに、フラットに相手と接することができる人は、関係の質を高めて幸せになれますよ。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野隆司

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之

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