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INTERVIEW
日本の「清掃会社」がハーバードビジネススクールの教材になるまで
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BOOK MARK

ハーバードビジネススクールの「教材」にもなった、日本の清掃会社があります。JR東日本が運行する新幹線の清掃業務を担う「JR東日本テクノハートTESSEI(以下、TESSEI)」です。

清掃を終え、一礼する清掃員のみなさん
清掃を終え、一礼する清掃員のみなさん

車両ごとに構造が異なる新幹線ならではの難解な清掃のオペレーション、各スタッフの意欲・自己肯定感の低さ、清掃員の仕事にさまざまな苦労を経て流れついたスタッフたちのマネジメント・・・

そうした日本の組織が抱える複雑な課題を乗り越え、今では多くの海外メディアで「新幹線劇場」「(清掃の)奇跡の7分間」と評され、日本のおもてなし文化の象徴にもなっています。

そんな「組織改革の手本」とも言うべき新幹線劇場の生みの親が、元TESSEIおもてなし創造部長、現在はおもてなし創造カンパニー代表を務める矢部輝夫さんです。

今回はそんな矢部さんに、どんな仕事にもチームがたしかな意義を見いだし、世界で高く評価されるほど成長するまでに実践されたマネジメントの工夫について伺いました。

合同会社おもてなし創造カンパニー 代表 矢部輝夫

PROFILE

合同会社おもてなし創造カンパニー 代表 矢部輝夫
矢部輝夫
合同会社おもてなし創造カンパニー 代表
1966年日本国有鉄道入社。電車や乗客の安全対策を専門として40年勤務。2005年鉄道整備株式会社(現株式会社JR東日本テクノハートTESSEI)取締役経営企画部長に就任。新幹線の清掃会社を「トータルサービス」の考えを定着させることでおもてなし集団へと変革。専務取締役、おもてなし創造部長など経て、2015年退職。合同会社おもてなし創造カンパニーを設立し代表に就任

「恥ずかしくて親戚に言えなかった」清掃員という仕事

ー矢部さんがTESSEIに異動された当時、清掃の現場はどのような状況でしたか?

JR東日本に車両や乗客の安全対策の専門家として長らく勤めていた私が、TESSEI(の前身である鉄道整備株式会社)の取締役経営企画部長に就任したのは2005年のことでした。

当時、現場で出会った清掃員たちはさまざまな理由でこの職業にたどり着いた人たち。もともとは「プロ野球のピッチャー」「日劇のダンサー」「旅館の女将」・・・。

「川上」とも言える華やかな世界から一転、清掃員という「川下」の職業に流れ着いてきたのです。しかも、仕事の内容は「3K(きつい・汚い・危険)」。

子連れの乗客からは、「ちゃんと勉強しないと『ああいう風』になるのよ」と聞こえるように言われ、本人たちも「自分がどこで働いているか、恥ずかしくて親戚に言えない」と話していました。

あるスタッフは、「娘が自分の仕事を恥ずかしいと思っている」とも。

しかし、駅のホームで仕事振りを眺めていると、彼らはまじめに働いていたんですね。「自分たちはしょせんお掃除屋」という意識が、彼らの本来の良さにフタをしていると思えたんです。

合同会社おもてなし創造カンパニー 代表 矢部輝夫

「清掃員ではなくサービス業」意識改革の優しい仕掛け

ーそれからどのようにして彼らは変わっていったのでしょうか?

スタッフたちの「しょせんお掃除屋」という意識を変えるようあらゆる手を尽くしました。

効果てきめんだったのが「制服」です。清掃員ではなく、遊園地、レストラン向けなどいろんなカタログを持ってきて、彼らに新しい制服を選んでもらいました。

季節に応じたすてきな制服で働くみなさん
季節に応じたすてきな制服で働くみなさん

制服が変わると、まわりの反応が変わりました。

それまでは、「掃除のおばちゃんに何を聞いても分からないよね」と乗客に言われていたのが、「駅の近くでどこか良い飲み屋知らない?」と話しかけられるように。「人に見られている意識」が新しい制服の導入をきっかけに芽生えていったのです。

スタッフの頑張りをチームで共有し、ほめ合い、学び合う「エンジェルリポート」の取り組みも始めましたし、チームの名称も「クリーンセンター」から「サービスセンター」に変えました。

対面するときには、「自分たちを『川下』にいると卑下しないで。私たちの仕事はたしかな技術を持った『サービス業』なんです」と語り続けました。

こうやっていろんな工夫をしましたけどね、つまりは「自分の話に耳を傾けてくれて、自分を認めてくれる人」が、彼らには必要だったんです。あるときはこんなこともありました。

スタッフの一人から「旦那が仕事をクビになっちゃったからここで雇ってあげてよ」と頼まれたんです。それは大変ということで、後日「社長に頼んでおいたよ」と言うと、「え!そこまでやってほしかったわけじゃないのに」と笑って返されました。

今まではそうした悩みを打ち明けられるような、自分の話に真摯に向き合ってくれる人がまわりにいなかったんですね。それでは、「自分たちはしょせん清掃員」って自己肯定感を失ってしまっても仕方ありません。

”たかが” 清掃の仕事を「新幹線劇場」と呼ぶようにしたのもそのためなんです。

合同会社おもてなし創造カンパニー 代表 矢部輝夫

おもてなしの提案もーーサービスを自発的に生み出し始めたスタッフたち

ーそれから、スタッフの方々の働きぶりは変わりましたか?

はい。清掃員からサービス業へと意識が変わったスタッフたちから、徐々にサービスの品質を高めるための提案が自発的に出てくるようになりました。

乗客の子どもたちが熱中するというぬり絵やカード
乗客の子どもたちが熱中するというぬり絵やカード

例えば、これは駅のホームで新幹線を待っている子どもに渡す「ぬり絵」。駅のホームで駆けまわろうとするあぶなっかしい子どもを、なんとか叱ることなく安全にしてあげたいと思ったスタッフが考えたアイデアでした。

「ノリ語集」
「ノリ語集」

もう一つ、これは「ノリ語集」。仕事でかけられると嬉しくて「ノリ」が良くなる言葉・・・「頼りにしているよ」「ホッとするよ」「夢があるね」などをスタッフたちで出し合い、50音順に並べて製本したものです。普段、新しいスタッフの教育担当が携帯しています。

会社公認のマスコットキャラクター「ちりとり」(ツイッターより)
会社公認のマスコットキャラクター「ちりとり」(ツイッターより)

会社(TESSEI)公認のマスコットキャラクターも、イラストレーター志望のとあるスタッフが考案したものなんですよ。今ではすっかり「会社の顔」として定着し、ツイッターなどさまざまな場面で多くの人の目に触れています。

結果、それまで頻発していた乗客からのクレームは減り、低かった従業員の定着率も上がり始めました。

「どうしてスタッフの方々はこんなに変われたんですか?」と聞かれるんですが、彼ら自身は少しも変わっていないんです。そういう良さをもともと持っていたんですから。変わったのは「マネジメント」のほうなんです。

どんな仕事にも意義を見いだせるチーム「4つの特徴」

ーメンバーが仕事に意義を見いだすためにマネジメントにおいて必要なこととは?

私がマネジメントで徹底したのは、「ES(Employee Satisfaction:従業員満足度)」を向上させることでした。

「CS(Customer Satisfaction:顧客満足度)を上げよう」とトップが言っても、それを最終的にやるのは従業員、つまり「人」。人はきわめて情緒的で、家庭環境や職場の雰囲気に左右されやすい。「お客さまのためになるんだからやりなさい」では動きません。

ESを上げるうえで有効なのは、給料を上げることでも、従業員を甘やかすことでもありません。メンバーが仕事に意義を見いだし、誇りを持って働けるESの高いチームには、以下の「4つの特徴」があるように思います。

  1. 上に立つ者が明確な目標を持っていること
  2. すべてではなく、一定の権限を従業員に与えていること
  3. 取り組みが成功したとき、上に立つ者が自分の手柄にしないこと
  4. しかし、失敗したときは上に立つ者が自分の責任として受け止めること

これを繰り返していくうち、メンバーが仕事に意義を見いだし、上司やマネジャーについてくるようになると思いますね。

仕事の意義は意外にも「トップダウン」から生まれる

合同会社おもてなし創造カンパニー 代表 矢部輝夫

よく誤解されていると思うので、特に強調したいのが「1. 上に立つ人が明確な目標を持っていること」ですね。

一般的に、メンバーが仕事に意義を見いだすにはフラットな組織を作り、いろんな意思決定が「ボトムアップ」を中心に行われることだと思われているでしょう。

しかし、仕事の意義というものは、実は「トップダウンに始まり、ボトムアップで完成する」のです。

つまり、ボトムアップを否定するのではありません。メンバーが仕事に意義を見いだし、自律的に動ける組織を作るためには、まずは「チームの体幹を作ること」が必要です。

「なんでも自由にやっていい」だとめちゃくちゃになる。規律があるから、自由になれる。トップダウンでやるべきことはやり、その上でボトムアップでいろんなことに挑戦するんです。

だからこそ、メンバーが仕事に意義を見いだせるか否かは、上に立つ上司やマネジャーの手腕にかかっているんです。

トップダウンでやるべきことをやった従業員が、いざボトムアップで新しいことに挑戦しようとしたとき、それを形にし、形にしたものを広く発信し、外からの評価を得られるようにするのが、上に立つ者の仕事。

自分たちがやっている清掃の仕事が、まさかハーバードやスタンフォードの教材になったり、こうしていろんなメディアに「話を聞きたい」と取り上げられたりすることが、スタッフたちの励みになっているように。

すると、メンバーは、自分の問題提起やアイデアに意義を感じられるようになる。そうすれば、たとえどんな仕事であっても、自らやりがいを「作り出せる」ようになるはずです

合同会社おもてなし創造カンパニー 代表 矢部輝夫

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[取材・文] 岡徳之、大矢幸世

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