「聴こえない」から「聴く姿勢」が磨かれる。聴覚障害者が教えてくれた、コミュニケーションの本質

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「部下が本当は何を考えているのか分からない」「説明しても伝わっているのか自信がない」・・・ 組織にとって、メンバー一人ひとりの力を発揮するために「良好なコミュニケーション」は不可欠ですが、依然として多くの上司やマネジャーが、コミュニケーションそのものに課題感を持っています。これからの時代、上司やマネジャーにはどういったコミュニケーションスキルが求められるのでしょうか。

今回お話を伺うのは、聴覚障害者の両親の家庭に生まれ育った経験をもとに、企業で働く人たちに言葉を介在させない無言語コミュニケーションの研修プログラムを提供するSilent Voice代表の尾中友哉さん。尾中さんは、聴覚障害者のコミュニケーションを組織開発に活かす中で、「彼らは『聴こえない』からこそ『聴く姿勢』の大切さが分かり、磨かれる」と話します。今回は、尾中さんと「コミュニケーションの本質」について考えていきます。

株式会社・NPO法人Silent Voice代表 尾中友哉

PROFILE

株式会社・NPO法人Silent Voice代表 尾中友哉
尾中友哉
株式会社・NPO法人Silent Voice代表
1989年滋賀県出身。聴覚障害者の両親を持つ耳の聞こえる子どもとして、手話を第一言語に育つ。大学卒業後、東京の大手広告代理店に勤務。「自分にしかできない仕事とは?」について考える。2014年から聴覚障害者の「聞こえないからこそ身についた伝える力」を活かした企業向け研修プログラム「DENSHIN」や、聴覚障害・難聴のある就学児向けの総合学習塾「デフアカデミー」を展開し、聴覚障害者の強みを生かす社会の実現に向けて活動している。2018年青年版国民栄誉賞といわれる人間力大賞(主催:日本青年会議所)にてグランプリ・内閣総理大臣奨励賞および日本商工会議所会頭奨励賞を受賞。

「両親が聴覚障害者」の家に生まれて

―「ご両親が聴覚障害者」という状況で生まれ育った方はなかなかいらっしゃらないと思うのですが、どういった環境だったのでしょうか。

まずお話ししておきたいのは、僕は「聴覚障害者」と「デフ(DEAF=耳が聴こえない人)」という言葉を使い分けています。

もちろん、まだデフという言葉が一般的でないので、聴覚障害者という言葉を使う場面もまだまだあるのですが、障害者という言葉のネガティブなイメージに引っ張られてしまう方も一定数いますし、自分の思いが受け取り側に伝わりにくいと感じることもあって。

かつては、情報を伝える手段が限られ、やり取りは筆談、メディアもテレビとラジオが中心、という感じだったので、聴覚障害者には明確な情報格差が生じていました。「作業所や工場でないと働けない」というイメージも根強かったですし、実際そういった状況でもありました。

けれども今やインターネットが出てきて、スマホを持つようになって、情報取得や意思疎通が容易になってきました。そうやって時代は変わってきたけれど、世間の聴覚障害者に対する認識がアップデートされないのは、どうなんだろう、と思って。

白人、黒人といった言葉にも差別意識や偏見が生じてきたけれど、今では人類規模でそういった問題を乗り越えようとしている。だから、僕も聴覚障害者ではなく「デフ」という言葉を使うことで、少しでも認識を共有できたらと思うんです。

―なるほど。では、これからは「デフ」という言葉を使いますね。

ありがとうございます。それで、僕の子どものころの話に戻ると・・・最初に覚えた言葉が「ご飯を食べたい」という「手話」で、それが0歳9カ月のことだったんです。もう、切実ですよね(笑)。泣こうがわめこうが、親が気づいてくれないんだから。

幼少期、ご両親と
幼少期、ご両親と

幼稚園とか小学校とか、外で覚えてきた日本語が家で伝わらないんです。ある時、遠足で木苺を見つけたんですけど、「木苺」が両親に伝わらない。それを表す手話が分からないから、ああでもないこうでもないってジェスチャーゲームをずっとやっているような感じ。それが毎日のことです。

未だに印象に残っていることがあって、5歳のころ、やっと語彙量が手話に追いつき始めて、家の電話に出られるようになったんです。もちろん、最初に出るのは僕。不動産屋のおねえさんが「お父さんに変わってくれるかな」ってキレイな声で言うんです。でも僕が「お父さんは耳が聴こえないので出られません」って答えると、さっきまで優しそうだった人が「・・・このガキ、うまいこと断るなぁ」って低い声で言われて。

―それは忘れられない・・・。

親から「さっきの電話、なんだった?」って聞かれるんだけど、そのまま説明するわけにもいかないし、どう答えたらよかったんだろう、ってモヤモヤしながら、そもそもこの電話ってどういうことだったんだろう、っていうのを理解しなくてはいけなくて。

最近、やっと自分で昔を振り返りながら、言語化できるようになってきたんですけど、主観客観、そしてその主観・客観を第三者的に捉える場作り的視点があるとすると、常にその3つを行き来して考えるような言語環境だったんです。自分はこう思う、一方でこう捉えることもある、ではそもそもこの会話にはどんな意味があるんだろう、と考えるような。

―小さなころからそういった考え方ができるなんて、相当賢いお子さんですよね。

いや、本当にいつも誰かの通訳ばかりやっていたので、そういう面では賢くなっていました。「ここでこの子にこう言ったら、この子はこう感じる。そうすると周りはこう動いていくな」と、冷静に考えるような。親の前で一生懸命手話やってたら、「ともくん、がんばってるね」ってお菓子をもらったりして。

でも、一方で家に帰ると、僕も普通の5歳児で、できないことがいろいろとあるから、親に手伝ってもらう。そうやって、コミュニケーションの根幹に「持ちつ持たれつ」の意識があったんです。

幼少期、ご両親と
幼少期、ご両親と

ダイバーシティの時代に必要な「言葉に頼らないコミュニケーション」

―尾中さんが、今の事業を始めたきっかけは?

新卒で広告会社に入社して、それこそジャスティン・ビーバーのリハーサル現場に立ち会うとか、普段できない経験はできたんですけど、その中でデフには全然会えなかったんです。別に、社会から隔離されているわけではないはずなのに。

確かに「耳が聞こえない」という分かりやすい特徴はあるけど、持ちつ持たれつでやっているのはみんなと変わらないじゃないですか。やれ福祉だ障害者だと「救済しよう」みたいな姿勢ばかりなのは、ちょっと違うんじゃないか、と思うようになって。

株式会社・NPO法人Silent Voice代表 尾中友哉

例えば、100円ライターが生まれたきっかけは、戦後、戦争で片腕をなくした人でも火を点けられるように考えられたからだし、曲がるストローも、大怪我でベッドに寝たきりの人が飲みやすいように開発されたものだった。野球の審判のジェスチャーも、もとはウィリアム・ホイという耳の聞こえないメジャーリーガーのために生み出されたものだった。彼は2000本安打を達成しているんですよ。

今はとにかくダイバーシティが叫ばれているけど、本来の意義は、自分と相手の違いから自分の当たり前を疑うことが始まって、そこに発見やイノベーションが生まれること。そもそも、勝手に「普通」という概念を作って、みんながそこに合わせていくのって、怖いですよね。女性は女性らしく、男性は男性らしく振る舞うとか、無理だと思う。それぞれの特性を尊重したうえで、それを活かしていくのが自然なあり方だと思うんです。

その中で、僕は生まれ育った環境から、デフの可能性を大いに感じている。デフはどの社会においても、だいたい3%生まれるものなのです。動物界の適者生存のルールの中でも淘汰されなかった存在なのです。デフだからこそ持てる能力があるし、可能性がある。それを事業として実現していきたいと考えたんです。

株式会社・NPO法人Silent Voice代表 尾中友哉

―そこから、今の無言語コミュニケーション研修プログラムという事業内容に至った経緯は?

実は、うちの母が「喫茶店」を営んでいるんです。みんな「聞こえないのに、大丈夫?」「お金取られたりしない?」って聞くんですけど、僕も半信半疑だったんです。大丈夫なんやろか、って(笑)。でも、開店してもう11年目なんですよ。

僕が新卒で入った会社を1年半で辞めて、転職でもしようかという時に、母のお店は相変わらず黒字で。近所にスタバもできたのに。売上下がったんちゃう?って聞いてみたら、「客層が違うから、大丈夫」とか冷静に返されて(笑)。

正直、僕はその状況を素直に受け入れるというより、どうやってやったん?と、とても疑問で。お客さんも9割は耳の聞こえる方なのに、どうやって接客しているんだろうと。

喫茶店を営んでいるお母さま
喫茶店を営んでいるお母さま

見てみると、「お客さんとのチームワーク」なんです。何も知らないお客さんが「灰皿ちょうだい」って母に言っても、聞こえない。うわ、どうするんやろうと思っていると、隣に座った常連さんがスッと灰皿を渡してくれるんですよ。

こんなお店、さすがに続かないでしょ、って母に言ったら、「一度助けてもらったら、二度助けるつもりでやってる」と言うんです。母は聞こえないぶん、お客さんのことをよく見ていて、気づいて行動する。毎日来る常連さんの微妙な変化を読みとって、「あれ、元気ないけどどうしたの?」と気づくことができる。

「コミュニケーション」って、デフの人たちのすごい強みだなあと思ったんです。会社の社名でもあるんですけど、サイレントボイス・・・ 声にならない声で伝え合う力、聞こえないからこそ磨かれるコミュニケーション力って、今までにない物差しで測れば、新しい価値なんじゃないかって。

それは、耳が聞こえないから身につけられた力かもしれないけど、それを耳の聞こえる人も意識してできるようになったら、もっとコミュニケーションが豊かになるはずじゃないですか。

株式会社・NPO法人Silent Voice代表 尾中友哉

無言語コミュニケーションが組織にもたらす「共通言語」と「聞く姿勢」

―どういった課題を抱える企業に対して研修を行うことが多いですか。

旧来型の会社って、「家父長制」が敷かれていて、お父さんが右に倣えと言ったら、みんなが右を向くというような。でも今って、「ホームパーティー」みたいな、主催者がいて、周りが主体的に参加しているような会社のほうが勢いがあるように感じます。

つまり、組織運営のあり方も、ホームパーティーの参加者=社員がそれぞれ何を思っていて、どんな動機を持っていて、会社はそれぞれをどうしたら楽しませられるか、良さを活かしてあげられるかみたいに、大きく変わってきているのかなあと。

そんな時代に必要なコミュニケーションって、自分と相手の違いを知り、その人がどうやったら右を向いてくれるのかと、どこまでも相手目線に立つこと。今って、いくら具体的な相手を想定してロールプレイをしてもそのぶん想定外も生まれてしまうような時代、そんな中で相手を活かさないといけない。

そんな力をどう身につけるかというと、実はデフの人たちはそれがすでにできていると思っているんですね。なぜなら、いつもそんな状況にあるから。耳が聴こえる人が話しかけてきても、ただ口をパクパクしているようにしか見えない。そのぶん、言っていることが分からない相手を理解しようといつも努力している。

例えば、「タマゴ」「タバコ」、母音は同じだから、口の形だけだと同じように見えるんです。でも、もしその人が喫茶店にいて、2時間くらい経ったから、そろそろ「タバコ」を吸いたいのかな、と類推することができる、というように。

情報として取り込めるのは目で見たものだけかもしれないけど、人の表情や目、口の動きを読み取るだけでなく、常に「この状況なら何と言うだろう」と、逆算して感情を紐解くんです。

研修では、デフの皆さんを講師として、言葉や音声のない「無言語空間」でのワークショップを実施しています。郵便局や携帯電話販売店など、実際に接客にあたるスタッフを指導する中間管理職やマネジャー向けに行うことが多いですね。

これまでは、スタッフにマニュアルや知識を教えればよかったところが、お客さんにも外国人の方や高齢者の方が増えたり、それまでの想定では対応できないことが起こったりして、マネジメントに限界を感じている方々に受講していただいています。

―「無言語空間」でのワークショップとはどんな内容でしょうか?

企業にもよりますが、例えば耳栓をして、「自分の生まれた都道府県を伝える」というお題が与えられたとき、山梨県出身の人が繰り返し富士山の絵を描いてるんですけど、周りはみんな「静岡県出身」だと思い込んでいて、なかなか伝わらない、ということがあって・・・。

デフの皆さんが講師となって行う研修の様子
デフの皆さんが講師となって行う研修の様子

普段、みなさんが無意識でやっているコミュニケーションの難しさを意識してもらえるように、「ナビゲーター」としてデフの方に立ち会ってもらい、サポートしてもらいます。彼らは普段からコミュニケーションに苦労しているので、伝わり合えない現場にも慣れていますから。

やっていることはなんてことないかもしれないけど、それ自体にはあまり意味がなくて、まずは「伝える」ということの難しさに気づいてもらいたいんです。

―研修を経て、参加者はどのように変わりますか。

「自分の言いたいことを言っている、自分が聞きたいように聞いている」という日常で無意識に陥ってしまいがちなミスコミュニケーションに気づき、「自分の伝えたいことを、相手に合わせて伝えられる。相手に合わせて理解できる」ように変わるんだと思います。

その時に基本となるのは、「聞く姿勢」なんですよ。声だけの会話、例えば「ながら会話」がどんなに情報をシャットアウトしているのか、無言語空間で気づくことができるんです。「顔を見るって大切だな」って、本当に基本的なことなんですけど、頭で考えていたら意外とできないものなんです。

―研修を経て、改めてその重要性を認識する、ということですね。

デフの皆さんが講師となって行う研修の様子

皆さん、表情が変わるんです。研修を通して、自分がどれほど無表情になっていたかに気づいて、一方通行でしか伝えられていなかったことに気づいて、表情豊かに話すようになる。

業務連絡ばかりだった朝礼を、雑談を交えてやってみるようになった、とか。男ばかりの職場で、暗い雰囲気だったのが、始業と終業のときに肩を叩いて挨拶するようになったら、雰囲気も変わって、無断欠勤も減った、という事例も聞いています。

大切なのは「伝える」ではなく「伝わる」

―特に上司やマネジャーが身につけるべきコミュニケーションスキルはどういったことだと思いますか?

よく、多くの人が陥りがちなのは、自分が言葉で発したら相手に伝わったと思いこむことだと思うんです。「言ったじゃん」「伝えたよ」って思ってしまう。でも、「伝えること」ではなく、「伝わったこと」に意味があるんです。

相手に伝えるために、「メールを送った後に追っかけて電話する」とか、「自分の言うことを分かってもらえたか尋ねる」とか、方法はいろいろあるとは思うんですけど、何か具体的なノウハウに落とし込むような類のものではないと思うんです。

前提として、「ちゃんと相手に伝えようとしていなかった」とか、「どうせ伝わらないと諦めていた」ことにまずは気づいて、じゃあ自分はどうすればいいのか、と自分で考えて行動する。そこに意味があるんです。

それに、コミュニケーションって身体表現でもあるんです。日本人の多くが否定するときにしか大きなリアクションをしないんですよ。肯定するときにもちゃんとリアクションすることが、どれほど安心感を与えるか。

株式会社・NPO法人Silent Voice代表 尾中友哉

言語って、原始時代には心理的安全性を作るためのものだったと思うんです。お互いの意図を理解し、「敵ではない、味方なんだ」とお互いに確認するためのもので。でも、言葉が発達するにつれて、その便利さゆえに一方通行になってしまったり、気持ちや感情を省いてしまったり。無言語コミュニケーションは身体で感じることや伝えることを重要なものだとあらためて気づかせてくれます。

そうやって、コミュニケーションの幅が広がると、自分の思考や行動も変わります。例えば、他責思考から自責思考へと切り替わったり

相手が口で話したことを耳で聞くだけじゃなく、話しながら足の向きがこっちに変わったとか、言葉以外のところからも相手の感情や伝えたいことの意味を拾えるようになると、「もしかして、自分の言っていることがまだ伝わっていないのかな」と気づけたり、「どうやったらもっと伝わるよう『自分が』工夫できるかな」と考えるようになるからです。

他責思考になっている時って、「自分はこう思うのに、なんで相手はそう思わないんだ」ということにストレスを感じて、溜めてしまう。それが自責思考だと、「人ってそもそも一人ひとり違うもの」と受け入れて、そのうえで自分でできる工夫を考えるようになるから、誰かに対して怒ることも少なくなる。つまりは、思いやりですね。

やはり大切なのは、「相手は今どんな感情なんだろう」「何を考えているんだろう」と考えること。そのためには、相手の感情を感じ取る身体が必要。もし、言葉だけが仕事を進めるツールだとしたら、プログラミングされたロボットと同じじゃないですか。AIに置き換えられてしまう。パワハラみたいな問題だって、結局相手の気持ちを想像できないから起こるんだと思うんです。

じゃあ、これからの時代、人間関係を構築するためにはどうしたらいいだろう、仕事ってどうあるべきだろう・・・って、目の前の相手と身体ごと向き合うところからコミュニケーションは始まるんだと思います。

株式会社・NPO法人Silent Voice代表 尾中友哉

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之 [撮影] 八月朔日 仁美

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