なぜ「JR社員」という絶対的安定を捨てられたか? 大企業でモヤモヤする人に伝えたい、独立に必要なもの

doda X(旧:iX転職)は、パーソルキャリアが運営するハイクラス転職サービス。今すぐ転職しない方にも登録いただいています。
今の自分の市場価値を確かめてみましょう。

会社に勤めながら、自らを成長させるため、好きなことを仕事にするため、複業を始める人が増えています。そんな複業の先に、自然と「独立」を見据えたり、それを目指して活動していたりする人もいるでしょう。

とはいえ、安定した企業の正社員という立場を捨て、完全に独立するというのは、はたから見れば勇気のいる決断。前に進みたい気持ちと、毎月の収入が0円になるかもしれない不安との間でどう折り合いをつければ――。

今回お話を伺った日高洋祐さんは、新卒から13年間勤め続けた「JR東日本」を38歳で退職し、独立。株式会社MaaS Tech Japanを起業しました。鉄道会社で未来の交通インフラの設計に携わり、その道の第一人者として海外のカンファレンスに登壇するなど活躍の場を広げるうち、自然と独立を意識するようになったそうです。

しかし、JRと言えば「絶対安定」の大企業。であればこそ、収入の保証も、決まった仕事もない独立、起業に踏み切ることには不安や葛藤が伴ったのではないでしょうか。そんな日高さんに、独立・起業に踏み切るタイミングの見極め方を伺います。

「起業してもやっていけると思えたのは、収入が安定したからではないんです」、そう語る日高さんの真意とは――。

株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役CEO 日高洋祐

PROFILE

株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役CEO 日高洋祐
日高洋祐
株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役CEO
写真左。2005年、新卒で東日本旅客鉄道株式会社に入社。鉄道運営の現場で車掌や車両メンテナンスを経験したのち、ICTを活用したスマートフォンアプリの開発や公共交通連携プロジェクト、モビリティ戦略策定などの業務に従事。現在は、株式会社MaaS Tech Japanを立ち上げ、MaaSプラットフォーム事業などを行う。国内外のMaaSプレーヤーと積極的に交流し、日本国内での価値あるMaaSの実現を目指す。共著に『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP刊)がある。

聞き手には、上場企業の事業部長を勤めなから2018年8月に自身の会社も立ち上げた、今まさに複業を実践しているガイアックス社の管大輔さんをお迎えしました。

安定し切っていた。保険を解約する必要があった

―JR東日本を退社し、2018年11月に会社を立ち上げられたとのことですが、独立までの経緯を教えてください。

独立後、MaaS関連の大きなカンファレンスで登壇する日高さん
独立後、MaaS関連の大きなカンファレンスで登壇する日高さん

JR東日本には人の移動に関するサービス開発がしたくて新卒で入りましたが、最初の5年ほどは新幹線のメンテナンスなど現場を一通り経験しました。電車の車掌や運転士もやっていたんですよ。

24時間365日、毎日トラブルだらけ。車掌は電車のドアの開閉だけでも毎回神経をすり減らしていて、過酷な環境のストレスで身体を壊してしまう人もいるんです。それでも、天災や人身事故のような人命に関わる事態は起きてしまう・・・。

入社前も鉄道を安全かつ正確に運行することの難しさは頭では理解していたつもりでしたが、現場に身を投じてみるとここまで大変なのかと。こんなにもタフなことを続けてこられた組織に対する尊敬の念があらためて湧いてきました。退職した今でも鉄道および交通事業者への日々の輸送業務に対するリスペクトはとても大きいです。

―独立して取り組んでいる「MaaS」という概念に出会ったのはいつごろでしたか?

入社してから13年間現場にいてその大変さをようやく理解したころに、鉄道以外のさまざまな技術書やビジネスの勉強を始めて、「デジタルプラットフォーム」という概念に出会ったことがきっかけです。今の出版業界におけるAmazonのような存在ですね。これを交通インフラに置き換えたのが「MaaS」です。

MaaS(Mobility as a Service)とは、ICT を活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を1つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念のこと(出典:国土交通省)

MaaSでは、鉄道やバス、タクシー、シェアリングカーなど、あらゆる移動サービスの検索・予約・決済が新しいプラットフォーム上で統合されます。MaaS先進国のフィンランドには交通のサブスクリプションサービス(月額定額制)もあるんですよ。

そこで起こっているのは、人びとが効率的に移動ができる社会の実現と、同時に既存のビジネスモデルの破壊的創造です。

国土交通省「都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会」資料より
国土交通省「都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会」資料より

新しいプラットフォームが交通の利便性を高めるのはすばらしいこと、と思える一方で、Amazonが出現したあとの既存業界の状況を鑑みると、交通・鉄道業界に対する危機感も覚えました。

Amazonの出現によって僕自身、生活が便利になりましたが、一方で小規模な書店や出版社が経営を圧迫されるケースもあります。同じように、利用者の少ない、例えば地方の小さな駅などが目先の事業性の評価だけで失くなってしまわないか。結果、地元の最寄り駅という交通手段を奪われた地方の人びとの生活、交通社会の秩序はどうなってしまうのか――。理想的な交通を実現するためには、交通や地方経済、そこに住む人びとのことを深く理解している人がデジタル化に携わる必要があるのではないかと。

JRでもモビリティ戦略を考える部署が立ち上がり、僕はそこで海外事例の研究やモビリティ戦略の立案に携わるようになりました。けれど、考えれば考えるほど、鉄道会社の中でできることと、外にいないとできないことについて考えるようになりました。

―JRでもすでにMaaSに携わっていたのですね。なぜ、あえて会社の外に出る必要があったのでしょうか?

Amazonは、書店でも出版社でもなかったからこそ、利用者視点でプラットフォームとしての利便性やユーザー価値を最大化できたんだと思います。つまり、コンテンツを作る人とプラットフォームを作る人は独立していたほうがいいということ。

そういう意味で、鉄道会社はMaaSにとって重要なプレイヤーです。しかし、MaaS戦略を描くには、鉄道だけでなく、政府や自動車メーカー、金融機関など市場全体を俯瞰している必要がある。鉄道会社だけでなく、あらゆる会社の戦略に入っていかないといけない。つまり、「JR」の看板を背負っていてはできないことがあったということです。

―なるほど。

それと、会社の外に出て独立したのにはもうひとつ理由があって、それは自分が「安定し切っていた」ことでした。別にJRで高給取りだったわけではないけれど、会社員であるかぎり、毎月給料が支払われて、どこか油断してしまっているような気がしたんです。

別にJRが嫌だったとかそういうことではなく、「保険を解約する必要があるな」と。とにかくこの分野でプロジェクトを成功させないと食っていけない、そんな状況に自分を追い込まないと、自分の能力もそこで止まってしまうような気がしたんです。

株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役CEO 日高洋祐

―昔から独立しようと考えていたんですか?

いいえ。大学院を出て、今38歳ですけど、今回の起業が初の転職というくらいに、独立志向はありませんでした。大学院を出たときも、ほぼ推薦的に入社が決まったので、就活すらしなかったですし。

―僕は会社員をやりながら自分の会社も経営しているのですが、つまり、本業で安定した収入があるからこそ複業で好きなことができる、とも感じています。それが独立してしまうと、つい目先の収入に気が取られていつまで経ってもやりたいことにたどり着けない可能性もあると思うのですが・・・。

お金は別で稼いで、残った時間で好きな仕事をする、というやり方もありだと思います。だけれど、「立場の問題」というのはどこまでもあって。

JRの仕事をしながらMaaSをやっていたときは、対峙する起業家から「後ろ盾があるからやれているんだよね」とどこかで思われていたように思います。「大企業の中の人がなんか理想論を語っている」みたいな。

それこそ彼らはすべての退路を絶ってやっているわけで、「やるべきことが見えているなら、お前も自分でやらなければダメだろう」と言われているような気がして。

独立した際には、海外のMaaS系起業家から祝福のメッセージも
独立した際には、海外のMaaS系起業家から祝福のメッセージも

もう独立して大丈夫。必要な準備はいつ終わるのか?

―実際に「独立しよう」と決断できたのはなぜですか?

独立に踏み切れたのには、二つ理由があります。一つは、自分の中で熱量が高まり、独立せずにはいられなくなったと言いますか。

JR時代、MaaSについて考えるうちにスタートアップや投資家の人など社外の知り合いが増えたんです。彼らが毎日ダイナミックな変化を味わって、それが楽しそうで。実際、デジタルプラットフォームについて議論してみても、考えていることの質がすごく高いんですよね。僕がMaaSについて話してもその価値をすぐに理解してくれて、ディスカッションするなかで思考を広げたり、深めたり、刺激をたくさんくれた。

だけど、そうやって議論だけ盛り上がっても、結局自分で何かを動かせる状況じゃないと意味がないんですよね。平日夜や週末だけ社外の人とディスカッションして、「楽しそうだね。でも今の会社ではできないよね」となる虚しさというか。独立して、自分で物事を動かせるようにしたい。その熱量が、いつの間にか「独立しなくては」に変わっていきました。

別に仕事は楽しくなくてもできますし、いつかはJRでも理想のMaaS事業ができたかもできたかもしれません。でも人って、いつ死ぬか分からないじゃないですか。死ぬときに、やればよかったって後悔するリスクがあると気づいたんです。

株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役CEO 日高洋祐

―独立に踏み切れた、もうひとつの理由は?

二つめの理由は、いわば前職の鉄道や公共交通への愛です。MaaSのようなデジタルイノベーションの到来時には、内部からのイノベーションは難しく、本来守るべき企業文化や本当に大切な行動指針さえも破壊してしまうこともあります。

イノベーションの副作用によってここまで発展してきた公共交通インフラが壊れてしまうのは絶対に避けるべきこと。僕が元々好きだった鉄道会社に迷惑をかかることもあるかもしれないのであれば、客観的に見えれば外に協業しやすい強力なMaaSプレイヤーがいることがベストであり、自分がそれになればいいのだろうと。

―現実的に、収入はどう確保していこうと考えていましたか?

3つの事業を行っています。社会に「MaaS」を発信するメディア事業、そのMaaS戦略を企業と一緒に構築するコンサルティング事業、そしてコアのMaaSプラットフォーム事業です。

そのうち創業から収益が出ているのがメディア事業とコンサルティング事業で、共著ですが本も出しました。海外の論文を読み尽くすくらいにはMaaSについて研究し、海外事例がすぐに入ってくる環境構築はできているので、セミナーやコンサルティングのニーズにも対応できます。コア事業であるMaaSプラットフォーム事業が収益化するのは2019年下期以降くらいからかと思います。

独立後、日高さんが出された共著
独立後、日高さんが出された共著

・・・と語っていますが、収入について具体的に考え始めたのは会社を辞める2カ月前でした。会社に「辞めます」と伝えたあとですね。

―まず「辞めます」と伝えたんですか?

そうです。会社に辞めますと言ってからは、本当に毎日不安でした。会社からの給料がゼロで自分に給料を払えない夢を毎晩見たし、取引先から裏切られる話や工場で不渡りを出して不幸になる人が出てくるドラマを見ると、不安で背筋が凍るような気持ちになりました。こう話していると、今でもドキドキします(苦笑)。

「保険を解約する必要がある」「組織に守られていてはいけない」と思ってはいましたけど、ここまでなににも守られないものなのか、と。いきなり暖かい部屋からキンキンに冷えた部屋にぶち込まれたような、死を感じた時の超集中状態がしばらく続く、みたいな。頭が一気にクリアになって事業や全ての情報がくっきりと見えるようになりました。

―周囲、特にご家族の反対はなかったのでしょうか?

何があっても一定の収入は確保すると伝えました。だけど、そのお金をいただけるのがJRから別のところに変わるよと。10月に会社を辞めても、11月からある程度収入があったのも、安心材料になったと思います。それがなければ、自分も含めてもっと不安にさせていたでしょうね。

―お話を伺うと、やはり独立に対する不安やリスクを考えてしまうのですが、「こうなれば独立しても大丈夫」という、独立の準備はいつ終わるんでしょう?

準備というか不安やリスクがなくなることは、たぶんないですよ。収益が安定すれば不安は消えるんでしょうけど、これだけ変化の多い時代に確実に収益が安定することなんてありませんし、それは大企業や安定職種でも同じことが言えます。僕自身、「準備ができた」という感覚は今でもありません。ただ、その不安が良い意味で自分を成長させてくれています。

株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役CEO 日高洋祐

それでも、独立できると思ったのは、収入が安定したとかではなく、「社外の尊敬する人と対等に話せるようになった」と感じたからでした。

正直、最初は起業家や投資家の方が何を言っているか、分からないこともありました。でも、勉強して、話して、というのを繰り返すうち、今なら彼らとやり合えそうだなと思えるようになったタイミングがあったんです。

「やり合えそう」というのは、事業を創り、スケールさせることを目指すなら、最初は赤字を掘ることもあるでしょう。そういうときは預金残高も減ってヒヤヒヤします。だけど、数年後にはしっかりと黒字化できる、それまで自分なら耐えられるという手応えを、他人に伝えられるようになったということですね。

独立のタイミングは収入の安定より「学習フロー」が確立できたとき

―「独立の準備が終わることはない」というのは重みのある言葉です。独立したいけどそこまで確信が持てない人は、どのようなアクションをとればいいと思いますか?

僕の場合、独立する前、事業についてディスカッションしてくれる相手が月に200人、300人と雪だるま式に増えていきました。そうした人たちと話すことで、自分がやるべきことが見えてくる。そのことが、独立に踏み切るための安心材料にもなりました。

ですから、まずは人に会いに行く。異業種交流会などで手当たり次第たくさんの人に会うというより、「この人のようになりたい」という人や、すでに独立した人を見つけて、会って、自分の考えを話してみる。それはもう、付きまとうくらいの気持ちで。すると、だいたい次の人を紹介してくれて、人脈のつながりがどんどん広がっていきました。

ですから、独立するタイミングを見極めるのに必要なのは、収益の安定より、そういう学習フローを確立することだと思います。

学習フローが確立できても、やはり収入の不安は消えないでしょう。でも、その不安が「もっと勉強しないと」という気にさせてくれる。遊びたい・休みたいという気持ちは今は起こりません。そんな余裕なんてないわけだから。だからこそ、インプットのために文献を一つ読むにしても、吸収できるものの質が変わります。

今なら「僕も辞めたんだから、あなたも挑戦しましょうよ」って誰かに言える。複業でもいいけれど、安全な場所からでは見えないものがあるんだと。働くことに人生の意義を見いだすんだとすれば、独立は価値のある選択の一つだと思います。

「やりたいこと」ができて、そこに向かう「学習のフロー」ができて、「一緒に動いてくれる信頼できる仲間と環境」ができた時には、それ以上の準備は不要。思い切ってスタートを切ってもよいのではないでしょうか。

株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役CEO 日高洋祐

[取材・文] 管大輔、青木麻里那、岡徳之 [撮影] 伊藤圭

今すぐ転職しなくても、
まずは自分の市場価値を確かめて
みませんか?

変化の激しい時代、キャリアはますます多様化しています。
ハイクラス転職サービス「doda X(旧:iX転職)」に登録して、
ヘッドハンターからスカウトを受け取ってみませんか?