「共に学ぶ」、岸勇希さんが考えるこれからの “顧客” との新しい関係とは?

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コンサルティング会社などプロフェッショナルファームとクライアントの「関係」に変化が訪れています。それが、これまでの「主従」とは一線を画す「共に学ぶ」という新しい関係です。

「人の気持ちをデザインする会社」を標榜する刻キタルの代表、岸勇希さんもそんな新しい関係作りに取り組み、成果を挙げているお一人。

岸さんは前職の電通時代に「コミュニケーション・デザイン」の概念を提唱し、史上最年少でクリエイティブの最高職位に就任、「プレゼン負けなし」と言われるなど活躍されました。

株式会社 刻キタル 代表取締役 岸勇希

そんな岸さんが刻キタルにとって「最重要プロジェクト」と認めるのが、クライアント・パートナー企業向けの連続講義「刻キタル PARTNERS MEETING」。

岸さんがこの取り組みを通じて築こうとしている、クライアントと「共に学ぶ」関係とはどのようなものなのでしょうかーー。

刻キタル PARTNERS MEETING

PROFILE

株式会社 刻キタル 代表取締役 岸勇希
岸勇希
株式会社 刻キタル 代表取締役
1977年愛知県名古屋市出身。早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了。2004年に電通入社。2008年『コミュニケーションをデザインするための本』を上梓し、広告界にコミュニケーション・デザインという概念を提唱。以後、同領域の第一人者として業界を牽引。2014年に電通史上最年少でクリエイティブの最高職位エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターに就任。2017年4月に独立。広告にかぎらず、商品開発やビジネス・デザイン、テレビ番組の企画や制作、楽曲の作詞、空間デザインに至るまで、幅広くクリエイティブ活動に携わる

新しいことを始めるために、「新しい関係」を作ることにした

—2017年4月に電通から独立された経緯について教えてください。

「40歳までに独立する」というのは、自分の中でずっと決めていたことなんです。刻キタルの事業領域電通時代と変わらず、「コミュニケーションをデザインする」ことです

ただ、電通時代には難しく、新会社を立ち上げる際に拡張した新しい事業領域が「投資」でした自らベンチャーやクライアントの事業に出資、リスクを取ることで、チャレンジの精度や可能性を広げたいと考えています。

電通で長年、事業開発やコンサルティングの仕事をやってきて、ふと「切なく」なることがあったんです。

自分のスタイルというか性格の問題も大きいんですが、クライアントのために情熱時間惜しまずコミットする。成功すればもちろん評価もされて、それは最高に幸せなんですがどこまでいっても「部外者」なわけです当たり前ですが。

基本的にコンサルティングというのは請負いですから、ある意味リスクは負っていないわけです。「同じ釜の飯」を食えていないというか、成功を分かち合う前に必要なリスクを引き受けていないと感じていました。それで、自らもリスクを取る投資に携わりたいと思うようになりました。

—独立されて、大手企業との仕事に何か変化を感じることはありますか。

刻キタル

これは独立したことを機に、というわけでもありませんが、これまで以上に、広告を作ってくれという「オーダー」ではなく、「私たちはどうすればいいんでしょうか」と、漠然とした問いや「悩み」を投げかけられることが増えました僕らからするとありがたいことです。

例えば、熊本県のクライアント鶴屋百貨店からの当初のオーダーは、「30年後、50年後、100年後の地方百貨店はどうすればいいのか、一緒に考えてもらえないか」というものでした。

面喰いますよね。そんな先の話。もし仮に来年の売上を上げるなら広告を作れば解決するかもしれません。5年先なら新しいフロアをプロデュースすればなんとかなるかもしれません。でも30年後って・・・。おそらく社長は引退されているでしょうし、何より僕も生きているかさえ分かりませんから(笑)

本質的で、長期的な視点に立ったアプローチが求められました。結果的に、鶴屋の人自身が変わるしかない、と考えました。そして人材育成から事業アイデアの公募制度評価方法に至るまで、広告とはまったく異なるアプローチ「鶴屋イノベーションプロジェクト」という、人を変えていくプロジェクトを展開人が変わる力はすさまじく、おかげさまで鶴屋百貨店の業績は好調に推移しています。

ここで大切なポイントは、ここまで深い課題意識や相談というのは、通常の「オリエン」ではなかなかでないということです。社長自身が考え、悩み抜き、その上で「この人になら打ち明けてもいい」と心の内を打ち明けて下さったからこそ、ここまで本質的な解にたどり着けたのだと思います。

—「オリエンを受けて、プレゼンして、決裁をもらう」という今までのやり方が通用しなくなってきているということでしょうか。

今でもオリエンを受け、プレゼンするという仕事の流れは一般的です。それは決して否定するものではありません。実際に効率的な「仕事のフォーマット」だからです。

ただ、その流れでは、あつかいにくいテーマや課題も少なくないということが重要なポイントです。「新しい次元のテーマに挑む」際に、「稟議書を作って、上司の決裁をもらって・・・」と今までと同じような進め方をしていたのでは、どうしても軋轢が生じてしまいます。

新しいモノを作ったり、より根源的で大きな事業課題に取り組むなら、新しい「プロセス」や「ルール」そのものを作っていかなくてはならないーー。

株式会社 刻キタル 代表取締役 岸勇希

その答えの一つが、クライアントとの間で「新しい関係」ーーつまり、日常的に議論し合い、互いの空気感や考え方を理解し合えるような関係を構築するということなんです。

クライアントとの関係を深化させる、「共に学ぶ」ということ

—クライアントとそうした関係を構築するために今取り組んでいることは何でしょうか。

今年6月から、「刻キタル PARTNERS MEETING」という新しいプロジェクトを始めました。刻キタルにとって、「最重要プロジェクト」です。

岸さんが担当した「刻キタル PARTNERS MEETING」での講義
岸さんが担当した「刻キタル PARTNERS MEETING」での講義

月に1、2回、僕らのクライアント出資先であるパートナーをオフィスに迎え、さまざまなテーマで講義を行っていくものです。今のところ年12回を準備しています。

弊社の小さなオフィスでやっているため、定員は30程度とかぎられてしまいますが、この座席をパートナー各社に割り当て、参加者は各社に自由に決めてもらえるようにしています。同じ人が12回出席するもよし、講義内容に合わせて出席者を変えるもよし、そのあたりはおまかせしています。すでに4回開催していますが、想像以上に好評いただいています。

—他のプロフェッショナルファームが提供する研修などとの違いは何でしょうか。

研修というよりは、僕らが考えていることを知ってもらう、共有の場だと思っています。ですから「学び方」に違いがあるのだと思います。多くの研修はクライアントに「教える」場。僕らは、クライアントと「共に学んでいる」んです。

株式会社 刻キタル 代表取締役 岸勇希

つい先日行われた第4回目ワークショップでした。参加者が各自好きな本を持ち寄、一人あたり3分間でその本をプレゼンその本を「最も読みたくさせた人」が勝ち、という「ビブリオバトル」を題材に行いました。

各自好きな本を持参しているので、テーマもジャンルもいろいろです。また3分間の伝え方も、立ってプレゼンする人、座ってプレゼンする人、論理的に語る人、情緒的に語る人、人それぞれ。

共通していることは、自分の好きな本を人に読みたくさせること。とはいえ、熱く語りすぎても伝わりませんし、選んだ本の内容次第では、そもそも興味を持ってもらえないこともある。実はこれ、世の中にコミュニケーションすることの縮図体験になっているんです。

ちなみにある参加者の方は「つくおき」という男性でも簡単に料理できるレシピ本を題材に選んでいました。自己啓発本や小説を持参される方が多い中、レシピ本は珍しいと思ったので理由を聞いてみると、「普通の本を選ぶより、目立つと思った」、と。

「今社会的に、男性の育児参画や『脱ワンオペ』が求められているので、こういう本で社会性の高いことを語ったほうが、より多くの人が興味を持つと思いました」とのことでした。

れは、まさに「戦略PR」の考え方。自社製品と社会性の交点を見つけ、文脈を作るというのは、戦略PRの定番的手法と言えます。この方は、ワークショップを通じて、自分でこの方法に到達したわけです。

もし仮に僕から「戦略PRの手法とは・・・」とただ講義されていたとしたら、納得度は圧倒的に違っていたと思います。

ワークショップ内の分科会の様子
ワークショップ内の分科会の様子

この研修のもう一つのこだわりが内容は基本的に、これまでクライアントとの仕事を通じて自分たちが学んできた「実践知」をあつかっていることです。本から学ぶでも、大学で学ぶでもなく、基本自分たちの実戦経験がベースとなっています。

僕らは日々の仕事で、実践→結果→体系化・言語化を行っています。そしてれを使ってさらに次の実践の精度を上げていきます。この講座では、そこで体系化された実践知を、クライアントに、講義として「お返し」しているわけです

一連のプロセスが、僕らとクライアントとの間で開示され、共有され、議論されることで、さらなる良い成果につながっていく。結果、クライアントとの関係がより深化していくのです

「学び続けなければ」、クライアントの危機感に応えられる存在に

—「刻キタル PARTNERS MEETING」を始めてまもないですが、新しい関係構築の効果を感じていますか。

効果というかは別として、クライアントのみなさんが本当に「楽しまれている」のには驚いています。

講義終了後は、基本的に懇親会を行うようにしているのですが、僕らが積極的に介入しなくても、クライアントやパートナー同士、どんどん名刺交換をして、談笑されています懇親会が盛り上がらなかったらどうしようと心配していましたが、想像以上に交流されているんです

僕らのクライアントには大企業の方もいらっしゃれば、数名規模のベンチャーの方もいます。お互い、普段の仕事ではなかなか出会えない人たち。何か共通の話題はあるんだろうかと不安でしたが、普段出会えないからこそ、お互いに興味を持って、情報交換を楽しまれているようです

あと、クライアントが気楽に語り合えるように、PARTNERS MEETINGには意図的に広告会社、代理店の人は呼ばないようにしていますもちろん常に営業意図があるわけではありませんが、代理店の人間がいると、どうしてもクライアントに対して「接待」になったり、クライアントもまた「クライアント的振る舞い」になってしまいがちです。なるべくフラットな関係雰囲気にすることで、より学びに集中してもらいたいと考えています。

まだまだ具体的な数値にあらわれるものはありませんが、共通のテーマで共に学ぶと、仲が深まる以上に、相手がどういう考え方で仕事をしているのか、どういう課題意識の下にオーダーしてくださっているのか、という理解が進みます。

このオフィスに足を運んでいただいて、「刻キタルってこんな会社なんだ」「こんな環境でアイデアを練り上げているんだ」とFace To Faceで実感してもらうと、普段交わす会話の質も上がっていきます

そのおかげか、「今度の講義ではこんなことが聞きたい」とリクエストをもらえたり、ここに来るついでに「まだちょっと相談段階でもないんだけど・・・」と、そのときモヤモヤと感じている事業課題を打ち明けてもらえたり、ということも増えてきました

それはやはり、「はじめまして、〇〇です」という関係性では、打ち明けてもらえない本音の相談だったりするわけです

正直、年12回、PARTNERS MEETINGを用意するのは大変です。僕も、各回の講義を担当するスタッフも、日々の業務に追われながら質に妥協することなく準備をしています。ぶっちゃけかなりの時間と労力を割いています。

それでも、やはり今の時代、僕らが想像していた以上にクライアントも「学び続けなければ」という危機意識を持ち、アンテナを高く張りめぐらせて、変革のきっかけを掴もうとしています。その努力に、僕らは応えていかなくてはいけない

考えることのプロである以上、誰よりも思考量のある場所に身を置いて、考えて、考えて、実践の精度を上げていく苦しいですが、それ楽しいことでもあります。いつ何時もクライアントに必要とされる自分たちであり続けられるために、出来る努力だと考えています。

株式会社 刻キタル 代表取締役 岸勇希

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之

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