「転職」などキャリアにおける大きな意思決定をする際に、配偶者など家庭の「パートナー」に相談をしたり、助言を求めることはあるでしょう。また、その結果、自分のそれまでの考えとは異なる結論にいたったという経験をしたという方もいらっしゃるかもしれません。
そうした場面で、できるだけ避けたいのは、パートナーとすり合わせができないまま自分の意思を押し通してしまうこと。関係を悪化させてしまえば、意思決定をした後にパートナーからの支援を受けることも難しくなるからです。
そうならないために、自分もパートナーも双方が納得して前向きな意思決定をするために、私たちが心がけるべきことは何でしょうか? 今回は、弊誌を運営するDODAの社員で、企業のエグゼクティブ層たちのキャリア形成を支援してきたキャリアコンサルタントの中野聡に話を聞きました。
エグゼクティブ層の転職はその他の層と比べ、一般的に年収などの待遇に大きな変化を伴いやすく、パートナーとのトラブルが付きもののように思われますが・・・・・・ インタビューを通して意外な実態が浮かび上がりました。
PROFILE

- 中野聡
パーソルキャリア株式会社 キャリアアドバイザー - United World College(シンガポール)、中央大学法学部を卒業後、広告代理店にて営業、情報システム部、総務部、社長室と幅広い職務を経験。パーソル株式会社へ転職後、東京でITや電気/電子/機械分野のキャリアコンサルティング、並びにマネジメントを担当。その後、関西でIT業界の転職/採用支援を担当した後、東京にてエグゼクティブ層向け転職支援事業の立ち上げに従事。2014年4月よりグローバル採用/転職支援のサービス立ち上げにマネジャーとして参画。現在に至る。
仕事を家庭に持ち込もう

ー自分もパートナーも双方が納得する前向きな意思決定を行うエグゼクティブ層の共通点は何でしょうか。
パートナーも自分も満足する、前向きな意思決定を行うエグゼクティブ層は、大きく2種類に分けられます。
1つは、「パートナーと合意形成をした上で決定を行う方」。もう1つは、「家族は自分についてこいと考え決定を行う方」です。後者は、いわば「唯我独尊」的な性格の持ち主と言えますが、そのような方はあまり多くはありません。ほとんどは前者で、家庭内でのコンセンサスを取った上で転職活動を行っています。
パートナーとうまく合意形成を図れているエグゼクティブ層の共通点の1つは、家庭でも仕事の話を常日頃からしていること。”家庭に仕事を持ち込むな” と日本で昔はよく言われましたが、今の時代感にはそぐわないのかもしれません。むしろ、さじ加減を心得た上で持ち込むべきでしょう。
そうした家庭では、職場で起きたことや仕事の悩みをパートナーに話します。相手もいつかは自分も働きたいと感じていたり、仕事の話に興味があるため、それをよく理解してくれます。ですから、「転職したい」と言い出したときにも、相手がそれを「突然すぎる」と感じることなく、柔軟に対応できるのです。仕事の話を小出しにしておくことが大切です。
もう1つの共通点は、本人がキャリア形成そのものを楽しんでいて、そのことが家族にも伝わっていること。キャリア形成を楽しんでいることが家族のコンセンサスとなっているから、パートナーも ”あなたが転職したいならいいですよ” と思えるのでしょう。このような方は、仕事であった苦労話も家族と共有しています。”働く” ということを、家族がリアルに感じ取り、応援してくれるのです。
逆に、キャリアにおける大きな意思決定に対してパートナーの反対に遭う一番の要因は、特に働いていない「パートナーの社会に対するバイアス」です。例えば、相手が「大きくて退職金をもらえる会社で勤めあげてほしい」という価値観の持ち主だった場合、人数が少なく社歴の短いベンチャーに転職したいという意思は、なかなか理解されないでしょう。
ーそのような価値観の違いがある場合、どうすればよいでしょうか。
これは必ずしも、パートナーだけに問題があるとは言いきれません。もしも相手が、毎日家事と育児で忙しく、ビジネスの話題に触れる機会が限定的であったとします。これでは、ビジネス感覚がアップデートされず、転職に賛成してもらえていない可能性があります。ですから、パートナーの社会の見方をアップデートしてあげることが大切です。
同僚のあるコンサルタントの父親は、自分の仕事の内容とその日の社会情勢を記した「家庭内メールマガジン」を、妻と子どもに向けて毎日配信していたそうです。それを毎日受け取って読むうち、家族もビジネスに対して敏感になり、社会の見方が変わっていったといいます。
パートナーの感覚をアップデートする前提として、そもそも本人がアップデートされている必要があります。一つの会社に長年勤め、転職経験が無く、大きなキャリアの変化を経験したことがない方ほど、これがなかなか難しい。意思決定を土壇場でパートナーにひっくり返されることも少なくありません。本人も家族も「変化=リスク」だと感じて、二の足を踏んでしまうのです。
仕事と家庭を、両立ではなく「連携」させよう
前向きな意思決定のできる方は、頭のなかでキャリアと家庭を分けず、同じものだと考える傾向にあります。
例えば、日系のベンチャー企業に転職を検討していたあるエグゼクティブ層の方は、転職前の企業の担当者との会食に自分の妻を連れて行きました。本人はその会社に入りたいと思っているのだけど、パートナーにも直接会社の方と話をして、自分がどのような職場を選ぼうとしているかを知って安心してもらいたいと考えていたようです。自分の仕事に対するパートナーの感度は間違いなく高まります。
昔は、家族参加の社内交流イベントや社宅など、社員とその家族同士がつながるコミュニティーが、会社にすでに用意されていました。今ではこうしたコミュニティーがなくなりつつあるために、パートナーが配偶者のキャリアに対する関心を高める機会が減ってきています。自ら積極的に機会を作り出していかなければなりません。
つまり、パートナーとの合意形成を行う上で、日頃からうまく「情報開示」を行うことが必要です。転職など大事な話を突然されれば、パートナーも「突然?」と驚くでしょう。仕事で行っている「段取り」や「プロジェクトマネジメント」の考え方が生きるかもしれません。
また、前向きな意思決定のできる方には、仕事のメリハリが付いていて、家族と過ごす時間を大切にしている方が多い。平日休日を問わず毎日家族で夕食をとったり、パートナーの誕生日や記念日、家族のイベントなど、外してはいけないところで外しません。
彼ら・彼女らは、仕事と家庭を分けて考えてはいません。「両立」させるのではなく「連携」させるのです。どちらの予定も、同じカレンダーに書き込んでいく感覚に近いでしょうか。
いかがでしたか。パートナーとともに、キャリアにおける大きな意思決定を行うためのヒントを見つけていただけたのであれば嬉しく思います。パートナー選びをする際にも参考にしていただけるかもしれません。
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[取材・文] 岡徳之